陵郡(注:江西省)の巴邱(はきゅう)に陳済という人がいた。州の官吏となり、妻の秦氏を残して単身赴任することになった。
 陳済が任地へ赴いてからしばらくして、秦氏の前に一人の男が現れた。堂々たる美丈夫で立派な身なりをしている。その着物は光の加減で色彩が変化して見えた。聞けば、秦氏の無聊を慰めに来たと言う。男が何者なのか全く見当が付かなかった。
 やがて二人は人目を忍ぶ仲となり、常に山中の谷川のほとりで逢っていた。男に身を任せる時、秦氏は何だかボウッとして、夫と接する時とはまったく違う感覚がした。このようにして数年を過ごした。その間、陳済は一度も帰宅しなかったのである。
 二人の仲は人の知る所となったが、男の背後には必ず虹が見えたので皆不思議がった。
 ある日、二人がいつものように谷川のほとりで逢っていると、男が金の徳利を取り出して水を汲んで秦氏に飲ませた。すると秦氏は身ごもり、丸々と太った赤子を生んだ。水を飲んで孕んだ子供であったが、外見は普通の子供と何の変わりもなかった。
 その後、秦氏のもとに陳済が休暇で帰って来るという知らせが届いた。秦氏は夫に自分の不貞を知られるのを怖れ、赤子を甕の中に隠した。男は以前、水を汲むのに使った金の徳利を秦氏に与えて甕の蓋とさせた。そして、
「この子はまだ幼いので連れて行くことができないから、ここに置いて行く。着物を作ってやる必要はないよ、私の方で用意してあるから」
 と言って紅錦の袋で赤子をくるみ、時々乳をやるよう言い残して何処へか消え去った。
 陳済が帰宅してからは秦氏がその美丈夫と逢うことはなくなった。
 ある日、突然空が暗くなり、激しい風雨に見舞われた。風雨が止むと一条の虹が現れて、秦氏の家に射し込んだ。その虹は地面に届いて人の姿と化した。例の美丈夫であった。美丈夫は甕に近付くと中から子供を抱き上げた。
「坊や、迎えに来たよ」
 美丈夫が身を翻すと、再び空が暗くなって風雨が荒れ狂った。風雨がおさまると大小二条の虹が天へ向って伸びるのが見えた。
 その後も時折、細い虹が秦氏の家に射し込んだが、その時には決まって子供が秦氏のもとに来ていたのである。

 数年後、秦氏が一人で散歩をしていると、以前、美丈夫と逢い引きをした谷川に虹が二条、射し込んできた。驚いた秦氏が恐る恐る近寄ると、聞き覚えのある声が響いた。
「怖がらないで、私だよ」
目の前に美丈夫が立っていた。その足元には子供がまつわりついていた。美丈夫は秦氏に向って言った。
「もう、私達は行かなければならないんだ」
 その言葉が終わると同時に、美丈夫と子供は二条の虹に姿を変えて飛び去った。

 以来、二度と秦氏のもとに虹は現れなかった。

(六朝『捜神後記』)