紅蜘蛛


 

 寧府(注:現在の福建省)に娘を二人持つ人がいた。その家の向かいには大きな山があった。

 娘達はそれぞれ嫁いでいたが、正月なので里帰りしてきた。久しぶりに会った姉妹二人は実家の花園で積もる話でもしようということになった。
「キャッ!」

 花園に入った途端、姉娘が悲鳴を上げた。妹が見てみると、姉の腕の上に一匹の蜘蛛がとまっていた。突然、腕の上に落ちてきたのである。真赤な毒々しい色をした蜘蛛で、姉がどんなに払ってもなかなか逃げない。そうこうする内に蜘蛛はどこかに行ってしまったのだが、姉は青い顔をして、
「気分が悪い」
 と言って婚家に戻って行った。そのまま原因不明の病気になり、ほどなく亡くなったのであった。
 翌年の正月に里帰りをした妹娘が一人で花園で亡くなった姉のことを思い返していた時のことである。腕に何かモゾモゾ動く気配がするので見ると、紅蜘蛛がとまっていた。去年の姉と同じである。妹娘は軽いめまいを感じて急いで母屋に戻った。そして、そのまま寝込んでしまった。枕元で看病する母に娘は言った。
「姉さんが亡くなったのはあの蜘蛛のせいよ。あの蜘蛛が今度は私の腕にとまったの。私も姉さんのように死んでしまうかも…。これはきっと魔物の仕業です。道士の黄金荘様は霊験あらたかだと聞いております。お母様、お願い、急いで護符と聖水を貰ってきて」
 話を聞いた母は急いで黄道士の所に人を遣わした。黄道士は神将を呼び出すまじないをすると、使者に護符を渡して言った。
「これを竈(かまど)で燃やすのじゃ」
 娘の家で言われた通り護符を燃やすと、突然空に黒雲が湧き起こった。それに続いて激しい雷鳴と稲光が空に轟き、盆を引っ繰り返したような激しい雨が降り出した。娘の家では戸を締め切ってひたすら魔物調伏の祈願をしていた。
 突然の雷雨に驚いた隣人が外に飛び出してみると、激しい雷の音がして向かいの山が揺れて、紅の衣を着た女が山の中腹から目に見えない手で引きずり出されてきた。中空に浮かんだ女の体を稲光が貫いた。続けて女の体は四度稲光に貫かれた。それから、耳をつんざく激しい雷鳴が一度空に響き渡り、女の体が谷底へと落ちて行った。
 雷雨が止んでから女の落ちた所へ行ってみると、果して紅い衣の女の死体が転がっていた。

 妹娘の病は癒え、二度と紅蜘蛛は現れなかった。

(元『湖海新聞夷堅続志』)