付け文騒動(二)


 

 紙にはこう書かれてあった。

    謹敬。
  孟春の候、奥方様には益々ご機嫌うるわしゅう存じ上げます。
  過日、奥方様より杯を手にする喜びを賜り、深き感謝の念、いまだ失ってはおりません。逢瀬のお約束、小用にて叶わなくなりました。奥方様、どうか私を情なしとお見捨てにならないで下さい。私の心はいつ もあなたのお側にございます。ご主人が戻られたと聞いて、私の心は千々に乱れております。敬慕の印に耳輪一対と釵を二本贈らせていただきます。私の分身と思い、ご愛用いただければ幸いです。
  私はあなたとお別れしてから、一人寂しく寝台の帳を眺め暮らしてお ります。
「何でしょ、この手紙。宛て先は確かに私だけど、全然、思い当たるふしがありませんわ。一体、誰が寄越したのかしら?」
 夫人は笑って言った。皇甫松は苛立った。
「お前が知らないわけはないだろう?おい、俺が三ヵ月留守にしてた間にお前は誰を引き込んでたんだ?」
 この問いに夫人は美しい眉根を顰めた。
「あなた、何をおっしゃるんです?引き込むだなんて人聞きの悪い。私はあなたのもとに嫁いで以来、一度たりとも妻の道に外れることなんてしてませんよ」
「それじゃこの手紙は?贈り物はどこから来たんだ?」
「知るもんですか!」
 カッときた皇甫松は夫人の横っ面を張り倒した。夫から受けた思わぬ暴力に、夫人は驚きと痛さのあまり泣き出した。そして、袂で顔を覆ったまま奥へ駆け込んでしまった。
 皇甫松は今度は下女見習いの迎児を呼びつけた。今年十三才になる迎児は垢抜けてはいないが、丸々と太った健康的な娘であった。彼女も騒動が起きていることは知っていたが、一体何が原因なのかさっぱり見当がつかなかった。
「そこに直れ!」
 皇甫松は細い竹の笞を手にして怒鳴った。迎児は叱られることには慣れていたが、今日の旦那様の様子はただごとではなかった。皇甫松は縄で迎児の両腕を縛ると、梁から吊るした。
「おい、今から俺のたずねることに正直に答えるんだ。さもないと痛い目に遭うからな」
 そう言って怯える小娘の前で笞を二、三度振った。
「俺が留守にしていた三ヵ月間、あれ――皇甫松は奥に向かって顎をしゃくって見せた――は誰と酒を飲んでたんだ?」
 迎児は首を振って答えた。
「奥様が一体、どなたとお酒を飲むと言うんです?そんなことあるわけないじゃないですか」
 皇甫松は笞を振るって迎児の背中や足を激しく打ちすえた。迎児はそれこそ豚が殺されるような悲鳴を上げて泣き叫んだ。
「さあ、言え、言わぬか!奥は俺の留守中、誰と一緒にいたんだ?」
「言います、言います。言うから堪忍して下さい。奥様はいつも同じ人とお食事をし、一緒にお寝みでした」
「よし」
 皇甫松は笞打つ手を止めて、迎児を縛り上げた縄を解いた。
「それは誰なんだ?」
 迎児は涙を拭き拭き答えた。 「包み隠さず申し上げます。旦那様のお留守中、奥様が一緒に食事をしていたのは、このあたしでございます。一緒にお寝みなっていたのも、このあたしでございます。一体、他に誰がいると言うんです?」
「このあまっ子、俺を馬鹿にするのか!」
 皇甫松はそう叫んで笞を投げ捨てた。そして門に鍵を掛けると、路地の入口にある番所へ駆け込んだ。番所には四人の捕り手が詰めていたが、皇甫松はそれを家へ連れて戻った。まず、ワンタン売りの僧児を閉じ込めておいた部屋から引き出して、捕り手に突き出した。
「狼藉を働いた。こやつの名前を書き留めよ」
 何と言っても皇甫松は宮廷に仕える官吏である。捕り手達は畏まって、帳面に僧児の名前を書き留めた。そのまま僧児を引っ立てて行こうとすると、皇甫松は、
「狼藉者はほかにもいる」
 と言って夫人と迎児を呼びつけた。夫人は泣きじゃくる迎児の手を引いて出てきた。
「あなた、いくら何でもひどすぎる…」
 そう言いかけた夫人は捕り手の姿を見て口をつぐんだ。皇甫松は夫人を睨み付けたまま、捕り手に命じた。
「こいつらも引っ立てよ」
 驚いたのは捕り手の方である。 「皇甫の殿様、何をおっしゃるんで?奥方様ですぜ」
「人の命に関わるんだ、引っ立てろ!」
 皇甫松のあまりの剣幕に捕り手達は従わざるを得なかった。そこで夫人の楊氏と迎児、僧児に縄をかけて、開封府へと連行することになった。

 

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