茉莉花の根


 

 建で娘が頓死した。嫁入りを目前に控えたある朝、寝床で冷たくなっていたのである。前夜まで元気に笑っていたので、その突然の死は誰にとっても意外なものであった。

 それから一年余り経って、娘の親戚が所用で他県に出かけた。そこで亡くなった娘の姿を見かけて、飛び上がらんばかりに驚いた。
 はじめは他人の空似かとも思ったのだが、見れば見るほど似ている。声から立ち居振舞いまで、本人そのものといっていいほどである。そこで念のため、こっそりと背後に近づいてその幼名を呼んでみた。すると、娘は声に応じて振り返った。
 娘本人であることを確信したのだが、幽鬼かもしれないという一抹の疑念も残った。まずは急いで娘の両親のもとを訪れて、このことを告げた。話を聞いた両親が早速、娘の墓を暴いてみると、果たして棺(ひつぎ)は空っぽであった。
 両親は親戚とともに娘の姿を見かけたという県に出向いた。ほどなくして娘を探し当てたのだが、娘の方では知らぬ存ぜぬの一点張り。両親と会っても他人の振りをするのである。そこで、両親は娘の胸には痣(あざ)があると言い張った。近所の女衆が確かめてみると、その通りであった。娘も観念して両親を認めた。一緒に暮していたという男は、すでに姿を消していた。

 実は、娘は以前から隣家の息子と恋仲になっていたのだが、事情を知らない両親は娘を他家に嫁がせようとした。娘が恋人に相談を持ちかけたところ、恋人は娘に茉莉花(ジャスミン)の根を与えた。
 福建の茉莉花の根には特殊な作用があり、すり潰して酒に混ぜて飲むと昏睡状態に陥り、死んだようになる。一寸をすり潰せば一日、一寸ずつ分量を増やすと昏睡する期間も一日ずつ長くなる。しかし、それは六寸までで、七寸以上服用すれば本当に死んでしまうというものであった。娘は恋人と一緒になりたさから、この茉莉花の根を服用した。そして、頓死を偽ったのである。娘が埋葬された後、昏睡から覚めるのを待って恋人が掘り出し、手に手を取って駆け落ちしたのであった。
 娘の婚約者の家ではこのことを知ると、お上に訴え出た。ほどなくして娘の恋人が捕えられ、その供述は娘のものと一致した。
 県令自らが裁きにあたることになったのだが、この前例のない事件に頭を抱えてしまった。まずは墓を暴いた罪で裁こうとした。しかし、娘は実のところは死んではいない上に、その目的も従来の副葬品目当てとは異なっている。それならば、薬を使って子女をかどわかした罪に相当するかとも思われたが、この二人の場合、すでに恋愛関係にあり、全ては合意の下である。
 現行の法律に該当するものはなく、結局、姦通と誘拐の罪で処断することにしたのであった。

(清『閲微草堂筆記』)