盗み食いする幽鬼


 

 池苟(りゅうちこう)という人が夏口(注:現湖北省)に居を構えた。初めは何の問題もなかったのが、いつの頃からが幽鬼が劉家に住み着いてしまった。それでも最初のうちは闇の中に白い袴を穿いた人影がぼんやりと見える程度であった。それがしばらくすると数日に一度は現れるようになった。そうなると、もう遠慮はしないようで堂々と姿を現す。そして、盗み食いをするのである。ほかにこれといった悪さをしてくるわけではないのだが、気味の悪いことは悪い。しかし、これといった対策を講じなられいまま今日まで来ていた。
 さて、劉池苟の知人に吉翼子(きちよくし)という者がいた。普段から幽鬼など信じない恐いもの知らずで有名であった。その吉翼子が劉家で酒宴に招かれてやって来た。池苟が幽鬼のことをこぼすと吉翼子は呵呵大笑(かかたいしょう)して言った。
「本気で幽鬼がいるなんて思っているのですか?そんなの迷信ですよ。大方下僕が自分の盗み食いを幽鬼の仕業にしているのではありませんか?ほんとにいるのなら、ほれ、ここに呼んでごらんなさい。私が一喝して追い払って進ぜましょう」
 その時、梁(はり)の上でガタン、と大きな音がした。皆が見上げると何かヒラヒラと降ってくるものがある。それは、丁度吉翼子の顔に落ちた。何だろうと見ると、女の腰巻きであった。しかもご丁寧に汚れまで付いていた。これには吉翼子に悪いと思いながらも一同腹を抱えて大笑い。吉翼子は面目丸つぶれで、顔を洗うと物も言わずに帰って行った。
 この一件があってから、もう誰も池苟の家を訪れる者はいなくなった。相変わらず、幽鬼の盗み食いは続いた。

 ある日、池苟は友人の家を訪ねた。話が幽鬼のことに及んだ時、友人が言った。
「その幽鬼は物を食うんだろう?物を食うなら、毒にも中(あた)るはずだ。一度、下し薬でも食わせてみたらどうだ?」
 なるほどと思ったが、家で作っては幽鬼にばれるので、池苟は早速その場で薬草を煮て二升ほど下し薬を作った。それをこっそり家に持ち帰って夜を待った。
 その日の夕食は粥だった。家族みんなで食べ、一碗分だけ残した。そこへ作った下し薬を全部入れると机の上に置き、皿で蓋をしておいた。

ガチャンッ!!

 皆が寝静まった頃、突然碗を投げつける音がした。それと同時に、家中あちこちにぶつかりながら駆け回る足音がドタバタと聞こえた。足音は外へ駆け出すと、そのまま厠(かわや)に飛び込み、続いて激しく嘔吐する声が聞こえてきた。その隙に池苟は家族に指図して戸締まりを厳重にした。やがて窓や戸に瓦や石つぶてが雨あられとぶつけられて来た。しばらく物のぶつかる音が続くと、またゲェゲェ聞こえてきた。少し落ち着くとまた物を叩きつける。夜明け近くまで、ドタバタ、ゲェゲェしていたが、やがて静かになった。

 以来、幽鬼は現れなくなった。

(六朝『捜神後記』)