耳掩いの道士


 

 州(注:現在の四川省)南門外の市場には、市の立つ日には近隣から客が集まり、なかなかの盛況ぶりであった。

 ある日、人込みで賑わう市場にどこからか一人の道士がふらりと現れた。破れ頭巾を被り、いかにも見すぼらしい身なりであった。道士は何やら袋を開くと大声で呼ばわった。
「瓢箪(ひょうたん)の種はいらんかの」
 子供達が面白がってはやし立てた
「ワ〜イ、乞食道士だ〜」
 道士は子供達は相手にせずに商品の宣伝を始めた。
「この瓢箪はな、普通の瓢箪ではないぞよ」
「普通でない瓢箪なんて聞いたことないやい」
 一人の子供が野次を飛ばした。道士はチラリとそちらに目を向けただけで構わずに続けた。
「一二年経ったらわかることじゃ」
 先ほどの子供が続けた。
「そしたらうちの父ちゃんの酒を入れるんだい。そしたら父ちゃんがたくさん酒を飲んで、母ちゃんの頭に角が生えるんだい」
 その言葉の終わらない内に、子供が火の点いたように泣き出した。母親にぶたれたのである。
「やだ、やだ、もっと乞食道士を見るんだい…」
 子供の泣き声がだんだん遠ざかって行った。一人の母親が駄々をこねる子供を引きずってその場から立ち去った。
「やれやれ…。さて、この瓢箪は一本の苗に一つしか実をつけぬのじゃ。蔓が地を這うように伸びてのう、ほれ、こんな具合じゃ」
 道士は木切れで土の上に瓢箪の画を描きはじめた。それを見た人は皆吹き出した。牛のように大きいのである。
「こんなにでかい瓢箪があるかよ」
「頭おかしいんじゃねえの?」
 結局、瓢箪の種は一粒も売れなかった。道士は種の入った袋を片付けると、不安な面持ちで空を見上げた。そして、両手で耳を掩って、
「ああ、風や水が騒いでおる。どうしてこんなにうるさいのじゃ」
 と言うと、首をすくめて足早に立ち去った。

 以来、この道士のことを人々は掩耳道士(耳掩いの道士)と呼ぶようになった。子供達はこの道士を見かけると、後を付いて回ってははやし立て
た。
「風がうるさい、水がうるさい。一番うるさいはお前の呼び売り。や〜い、やい」
 そして耳を掩う仕種を真似した。

 翌年の秋のことである。例年にない長雨が続き、利州の近くを流れる嘉陵(注:陝西省から四川省へ流れ込む河)が溢れた。辺り一面湖のようになり、付近の家屋数百戸が水に流された。流された人々は、屋根に上って助けの来るのをじっと待った。
 その時、遙か彼方に何か漂っているのが見えた。大きな瓢箪を縦に割って作った船である。乗っているのは掩耳道士であった。皆が目を凝らして見ていると、道士は両手で耳を掩って首をすくめた。

「ああ、風がうるさい、水がうるさい。どうしてこんなに騒がしいのじゃ」

 掩耳道士の声が風に乗って聞こえてきた。瓢箪の船はそのままどこかへ流れ去った。

(宋『野人閑話』)