夜航船


 

 州には夜航船というものがある。文字通り夜航行する船で、一晩に百里(注:清代の一里は576メートル)ほども進む。船室らしいものはなく、男女は船倉に雑魚寝するのだが、その間を隔てるのは一枚の板だけであった。
 仁和の張少年はいたって軽薄な性格で、色気づく年頃ということもあって女のことばかり考えていた。張少年は富陽行きの夜航船に乗り込んだのだが、早速、板の向こうが気になった。板の隙間からのぞいて見ると、若い美人がいた。美人は彼に気がついた様子でにっこりと笑いかけてきた。張少年、向こうもまんざらではないな、と解釈した。
 真夜中になり、船内の誰もが寝静まった頃、果たして板壁の向こうから腕が伸びてきたかと思うと、張少年の体を撫で回し始めた。張少年、これには大喜びで、自分の方からも手を伸ばして相手の体をまさぐってみた。女である。すっかり興奮した張少年は板をはずすと、向こう側へとはい込んだ…。
 堪能した張少年が夜明け近くになって男用の船倉に戻ろうとしたところ、くだんの女はきつく抱きついたまま行かせまいとする。女がそれほど自分のことを想ってくれるのかと感激した張少年は、女への愛おしさがこみ上げた…。
 気がつくと空が明るくなっていた。張少年は気だるい愛の余韻(よいん)も抜けきらないまま起き上がった。船倉に射し込む朝日が女の姿を照らした。
「ゲッ!!」
 張少年は絶句した。何と自分の隣に寝ているのは白髪頭の老婆だったのである。老婆は起き上がると、そそけた白髪を撫でつけながら言った。
「私は街頭で物乞いをして暮らしておりますだ。六十も過ぎたというのに、夫もなければ子供もおらず、頼るべき身内すらありませぬ。寄るべない身の行く末を案じておりましたところ、はからずも昨夜はあなた様のお情けを受ける身となりもうした。俗にも一夜の夫婦は百夜の恩と申しますだ。今ではあなた様は私の夫です。この老骨をお託ししたいと思いますだ。結納金など要りませぬ。あなたを夫と仰いで粥のある時は粥を食べ、飯があれば飯を食う。ただそれだけで満足ですだ。何とぞ、私をもらって下さいませぬか」
 そう言って白髪の老婆は張少年にしがみついた。これには張少年も進退窮まってしまい、恥も外聞もなく大声を上げて助けを求めた。その声で船客が起き出してきたのだが、老婆に抱きつかれたままの張少年を見て笑わない者はなかった。結局、張少年は船客の勧めで老婆に十金余りを払って解放してもらった。ほうほうの態で船倉に逃げ込んだ張少年が振り返ってみると、老婆の隣の席で若い美人が笑い転げていた。

(清『続子不語』)