月から来た男


 

 の太和年間(827〜835)のことである。二人の男が嵩山(すうざん、注:河南省)に登った。蘿(かずら)をよじ登り、渓流を踏み越えしているうちに奥深く入り込んでしまった。今まで誰も足を踏み入れていないような場所で、気が付くと道に迷っていた。そろそろ日は西に姿を没しようとしている頃で、二人はすっかり途方に暮れてしまった。その時、近くの草むらから鼾(いびき)が響いてきた。
 二人が草むらをかき分けてみると、中では一人の男が寝ころんでいた。真っ白な作業着を着て、風呂敷包みを枕にしてぐっすり眠っていた。早速、この男に声を掛けてみた。
「もしもし、もしもし」
 男は頭を挙げてこちらをちらりと見たが、うんともすんとも言わず、また寝ころがってしまった。
「あっ、もしもし、私達はあなたのお邪魔をしようというのではありません。たまたま、こんな奥にまで入り込み、道に迷ってしまいました。街道へはどう出ればよろしいのでしょう」
 このように何度も声を掛けると、男の方もようやく起き上がった。
「ここへ来なされ」
 と二人を手招いた。そこで二人は男の前に坐って、矢継ぎ早に質問した。ここはどこで、あなたはどういう人物なのか、と。男は笑ってこんなことを言った。

「あなた方はご存知かな?月が金銀、瑠璃(るり)、玻瑠(はり、注:ガラスのこと)、珊瑚、瑪瑙(めのう)などの七つの宝で作られているってことを。月の形は丸に近くて大部分は日に照らされて輝いているのは知ってるな。しかし、凹(へこ)んでいるところはどうなっているかご存知か?そこではな、常に八万二千戸の人々が月を修理しているのさ。ワシはその一人というわけだ」

 それから男が持っていた風呂敷包みを開くと、中から斧や鑿(のみ)などの大工道具と、玉屑(ぎょくせつ)飯が二包み出てきた。飯の包みを二人にくれて言うには、
「これを分けて食べるとよい。不老長寿は無理だが、とにかく一生病気はしないですむから」
 それから立ち上がって、二人に一筋の脇道を指し示した。
「この道を行けば、自然と街道に出られる」
 言い終わると同時に、姿を消した。

(唐『酉陽雑俎』)