珠について


 

 は合浦(ごうほ、注:現在の広西壮族自治区沿岸)の海中から採れる。
 『桂海虞衡志(けいかいぐこうし)』によると海中に珠池というものがあり、それが珠を産する所としている。土人が水に潜って蚌(ぼう、注:貝の名)を採り、中から珠を取り出すのであるが、毎年その量は一定していない。多く採れた時は「珠熟」と言う。伝説によると海底には城郭のようなものに囲まれた場所があり、大蚌はその中にいる。この城郭を怪物が守っていて近寄るものに害をなす。だから、近付くことができない。小蚌の城郭の外にさまよい出ているものならば入手可能である。珠はその小蚌から取れる。
 珠池は海中にあるようであるが、唐の劉恂(りゅうじゅん)の『嶺表録異(れいひょうろくい)』では海上の島にあるとしている。島に大きな池があり、それが珠池である。非常に深く、底が海に通じているらしい。豌豆(えんどう)くらいの大きさのものは並みで、大きなものになると弾丸くらいになる。直径一寸位のものになると、部屋の灯りになる。
 余談であるが、小蚌はその肉を竹串にさして干物にする。これを「珠母」という。炙(あぶ)ると酒の肴になるそうである。
さて、時代は下って明の王士性の『廣志繹(こうしえき)』によると、やはり珠池は海中にある。珠池は合浦の東南百里(注:約50キロ)の海中にあり、一つだけでなくいくつもある。中秋(注:十五夜)の月が明るければ、その年は多くの珠を産する。暗ければ少ない。晴れ渡った夕方には大蚌が殻を開く。すると海と空の半ばまで赤くチカチカと光る。これは珠が照らす光である。
 では、蚌を守る怪物とはどのようなものであろうか。
 『廣志繹』によれば、土人は船で沖に出ると腰に長い縄を結びつけ、竹の籠を持って水に潜る。海中で蚌を見つけると籠に入れ、腰の縄を引く。それを合図に船上に引き上げるのである。ぐずぐずしてはいられない。蚌を守っている怪物、つまり凶悪な魚がやって来てしまう。この魚が来てしまったらもうおしまいで、海面に血が一筋浮かんだ頃には潜っていた土人は魚の腹の中である。どんな魚かは記していないが、おそらく鮫の一種であると思われる。
 古くは珠は南海に住む鮫人(こうじん、注:人魚の一種)の流す涙が化したものだと信じられていた。この鮫人の姿はよくわからない。海底に住居を構えていそうである。
 『山海経(せんがいきょう)』を見ると南方にテイ(注:“氏”の下に“_”がつく)人という人面魚身の想像上の種族がいる。足はないが手がある。もう一つ陵魚というものがいる。人面魚身で手足がある。どちらも手があるので機織りをすることはできるようであるが、図を見る限りあまり機織りは似合いそうにない。
 この鮫人伝説が分解したものが、珠池と怪物の関係になると思われるが、あくまでも推測である。
 蚌そのものも油断できない。非常に大きなものになると、殻で人を挟んで怪我を負わせることもある。網で採るようになってからは被害が少なくなった。
 珠の密漁者もいた。
 同じく『廣志繹』には珠の密漁団のことが記されている。数百人が武装して銅鑼(どら)や太鼓を打ち鳴らしながら密漁を行うそうである。ここまで大規模なので官憲も敢えて手出しをしなかったとか。しかも、官で珠の採取をしようとすると儲けより損するほうが大きいということで、結局は密漁団から必要な分を買っていた。

 …… とここまで書いて得た結論。
 高価なものは高価な代償なしには入手できない。