氏の娘が尤郎(ゆうろう)に嫁いだ。夫婦の情愛はいたって睦まじかった。
 尤郎が遠方へ行商に出ることになった。石氏は懸命に行かせまいとしたのだが、尤郎は聞き入れなかった。いつまで経っても尤郎は戻ってこず、夫への思いを募らせた石氏は病に臥す身となった。
 今わの際に石氏はこう言い残した。
「夫を止めることもできず、こうして寂しく死んでいく我が身が恨めしい。この後、妻を残して遠方へ行商に出ようとする夫がいたら、向かい風を起こして足止めしてくれよう。そして、私のような寂しい思いをする者が出ないようにしてくれよう」
 石氏の死後、商人が船を出そうとして向かい風に遭うと、
「これは石尤風(せきゆうふう、注:向かい風)だ」
 と言って、出立を取り止めるようになった。石氏と尤郎、二人の姓を取って向かい風のことを『石尤風』と名づけた。
 ある時、呪(まじな)いを行うものが言った。
「百銭くれれば、この風を追い返してみせよう」
 ある人が百銭を与えて呪いをさせてみると、はたして風が止んだ。
 後に聞いたところによると、
「石の奥様のために尤郎を呼び戻しますので、どうか舟を進ませて下さい」
 と紙に書いて水に沈めれば、風が止むとのことであった。

(元『江湖紀聞』)