娘の魂


 

 伯温(しょうはくおん、注:『邵氏聞見録』の著者)の曾祖母の張夫人は嫁である李夫人に対して非常に厳格であった。李夫人はそのあまりの厳しさに耐えかね、自殺しようとまで思いつめた。するとある晩、夢に神人が現れ、玉の箸を使って一杯の羹(あつもの)を李夫人に食べさせて言った。
「死ぬことはない。よい子を授けよう」
 李夫人はその言葉を信じた。
 それからまもなく李夫人は痩せて衰弱してゆく病に罹った。医者が呼ばれたのだが、医者は李夫人が懐妊していることに気づかず、強い薬を処方した。
 その晩、李夫人は不思議な夢を見た。それは寝堂の入り口の左右に一本ずつ木瓜(ぼけ)の木が生えているのだが、左の木は実を結び、右の木は枯れていた。目覚めた李夫人は早速、このことを夫に告げた。すると、夫は李夫人に薬を飲むのをやめさせた。
 月満ちて李夫人は出産した。伯温の父、雍(よう)と女児の双子であった。女児の方は死産であった。

 十年後、李夫人が病で臥せていると、どこからかシクシクと泣き声が聞こえてきた。目を開けて見れば、月明かりの下、庭で一人の娘が泣いていた。娘は李夫人を拝して言った。
「お母様、どうしてやぶ医者の見分けもつかず、私を薬で死なせたのですか。どうして生んでくださらなかったのですか。私は恨めしく存じます」
 李夫人はそれが死産した娘の魂であることを知った。
「運命だったのです」
 そう答えると、娘は涙を流してなおも問い返してきた。
「運命ならば、どうしてお兄様だけ生きているのでしょう」
「お前が死んで兄が残る。そういう運命なのです」
 娘は泣きながら姿を消した。

 さらに十年経ち、娘は再び李夫人の前に姿を現した。
「やぶ医者の過失で死んだ身ではありましたが、二十年にしてようやく生まれ変わることができることとなりました。お母様とまたご縁がありますように。これでお別れいたします」
 そう言って泣きながら姿を消した。

(宋『邵氏聞見録』)