蝦蟇


 

 [晉戈](ようせん、注:宋の徽宗に寵愛された宦官。宦官でありながら高位を歴任した)は堂の裏手に大きな池を作り、その周りに回廊をめぐらして厳重に鍵がかかるようにしていた。
 入浴する時には入浴道具や洗い粉を池のそばに置き、すっかり人払いをしてから池に飛び込んで泳ぎ回り、かなりの時間が経ってから出てくる。そのまま堂で昼寝をすることもしばしばであった。入浴中は堂や池に誰も近づくことを許されなかったが、皆は単に池で入浴するのが好きなのだろうくらいに思っていた。
 そんなある日、楊[晉戈]がいつものように一人で堂の中に寝ているところへ盗人が忍び込んだ。ふと寝台に目をやった盗人は仰天した。寝台いっぱいほども大きさのある一匹の蝦蟇(がま)が両の目を爛々と光らせて、睨んでいるのである。盗人は肝をつぶしてへなへなと腰を抜かした。すると、蝦蟇はたちまち人間の姿に変じて起き上がった。それは楊[晉戈]であった。
 楊[晉戈]は剣を手にして、盗人を叱りつけた。
「貴様、何者だ?」
 盗人が正直に白状すると、楊[晉戈]は銀の香毬(こうきゅう)を一つ与えて言った。
「貧乏に迫られて盗みをするとは不憫なことよ。さあ、これを取らせよう。ただし、ここで見たことは他言無用ぞ」
 盗人は恐れ入って受け取ることもならず、ぺこりとお辞儀を残して逃げ去った。

 盗人は後に別件で開封府の獄に繋がれ、その時にこの話をしたのである。

(宋『老学庵筆記』)