東明観の道士


 

 の開元年間(713〜741)のことである。
 夜、宮中の一美人が寝ていると、夢うつつのまま何者かにある場所に連れて来られた。美人は朦朧(もうろう)とする意識の中、見知らぬ相手と酒を酌み交わし、あろうことか褥(しとね)まで共にしてしまった。
 宮中に戻った途端、目が覚めた。はじめは夢かと思ったが、全身汗びっしょりで、何ともいえないけだるさが残っていた。

 美人は帝にこの不思議な体験を包み隠さず告白した。帝は言った。
「これはさだめし術士の仕業であろう。次に連れて行かれたならば、何かしるしを残してまいれ」
 その夜、美人はまたもや昨夜と同じ場所に連れて来られた。目の前に硯(すずり)があるのに気づくと、墨で屏風に手形を残しておいた。
 美人は目が覚めると、早速、帝にこのことを報告した。帝がひそかに道観を調べさせたところ、東明観の屏風に手形が残されていることが判明した。

 捕り方が東明観に踏み込んだ時には、道士は逐電した後であった。

(唐『開天伝信記』)