死んだはずでは


 

 少卿(とうしょうけい)という男がいた。家族を長安に残して、自身は陝西の北で手広く商いを営んでいた。
 ある村の宿で従者が病にかかり、連れて行くことができなくなった。竇少卿は先を急いでいたので、宿の主人にいくばくかの金を包んでその看病を頼むと、従者を置いて出発した。
 そのまま竇少卿は年を越えても戻ってこなかった。従者は、宿の主人の細心な看病にもかかわらず、身まかった。その今わの際に主人はたずねた。
「後で家族に知らせてやろうから、名前を教えておくれ」
 従者は苦しい息の下でようやく、
「竇少卿の…」
 とだけ言うと、そのまま息絶えた。主人は宿の傍らに墓を作って埋葬し、墓石を街道からよく見えるように立てた。墓石には「竇少卿墓」と大書し た。
 しばらくして、竇少卿を見知る者が墓の前を通りかかった。墓石を見るなり仰天した。
「竇さんが亡くなったのか!?」
 宿に飛び込み、真偽をただすと、
「左様でございます」
 とのこと。それからも竇少卿の知人が数人、この墓の前を通りかかった。皆、竇少卿の死を知ると驚き、悼んだ。
「家族にも見取られずに亡くなるとはさぞや無念だったろう」
 やがて、竇少卿の家族の知るところとなり、家人が宿まで確かめにやって来た。墓石には確かに「竇少卿墓」とある。竇少卿の家族は悲しみに沈み、葬儀の準備を始めた。そして、遺骸(いがい)を引き取り、棺に納めた。遠近の親類が集まり、異郷での孤独な死に涙したのであった。
 葬儀から一月余り経って、一通の手紙が届いた。差出人は竇少卿で、もうすぐ帰宅する、道中無事であると書いてある。家族は、
「誰がこんなたちの悪いいたずらを」
 と信じない。しばらくすると、知人がやって来てこう言った。
「さっきそこで、竇さんを見かけたよ。ピンピンしてるんだけど、他人の空似かねえ」
 家族が下僕に様子を見に行かせたところ、下僕は戻ってこう報告した。
「確かに旦那様です。もしかして幽霊ではないでしょうか」
 いよいよ不審に思っているところへ、当の竇少卿が入ってきた。
「ただいま」
 妻や子供達が悲鳴を上げて逃げ去った。
「キャアーッ!幽霊だあ」

 竇少卿が事情を説明して、ようやく亡くなったのが従者であることを知った。

(五代『王氏見聞』)