亀宝


 

 尉の徐彦若(じょげんじゃく)が広南(こうなん)へ海路で赴くこととなった。船に乗り込もうとした時、汀(みぎわ)で琉璃(るり)の瓶を見つけた。
 瓶の中には一寸ほどの小さな亀がおり、クルクル回っている。瓶の口は非常に細く、どうやってこの亀が中に入ったのかわからない。不思議に思いながら、徐彦若はその瓶を拾い上げ、船に持ち込んだ。
 その晩、突然、船が大きく傾いた。舷側(げんそく)に何か重いものが乗り上げたようである。
 見れば、海から無数の亀が続々と船に這い登ってくる。そして、一匹の甲羅の上に他の一匹が乗るという具合に重量を増していき、傾いた舷側から段々水が入ってきた。水夫も乗客もなすすべを知らず、恐れおののきながらその光景を見つめるだけであった。
 その時、徐彦若は思った。この亀達は何かを取り戻しに来たのではないだろうか。船に乗る前に拾った琉璃の瓶を思い出した。そこで、琉璃の瓶を海に投げ込んだ。すると、亀はその瓶の後を追うかのように海へ入っていった。

 後に、海のことに詳しい胡人にこのことをきいてみた。胡人が言うには、
「その小さな亀は亀宝(きほう)です。天下の至宝ですよ。一度は懐に入れながら手放すとは、よくよく運がないようですね。もしも、所有することができたなら、無限の富に恵まれたのに」
 とのことであった。

(五代『金華子』)