海人


 

 州静海軍(注:現江蘇省)の姚(よう)氏は衆を率いて海で魚を捕えては、毎年の貢物にあてていた。
 貢物の期限も迫ったある日のことである。その日に限って夕刻近くまで網をひいても、収穫は非常に少なかった。
 どうしようかと思案に暮れているその時、突然、網に重いものがかかった。大喜びで引き上げて驚いた。網には真っ黒で人の形をしたものがかかっていた。黒く見えるのは全身を覆う黒い毛であった。
 人のようなものは手を拱(こまね)いて立ち上がった。姚氏が何者かときいても黙ったままで、手を拱くばかりである。
 すると、漁師の一人が言った。
「こいつは海人というもので、出ると必ずよくないことが起こるといいますぜ。いっそのことぶち殺しちまって、厄落としをしましょうや」
 それを姚は、
「いや、これは神に違いない。殺せば、よくないことが起こるだろう」
 と制した。そして、海人に向かって、
「お前がまことに神ならば、私に魚の群を与え、役立たずの汚名をそそぐがよい」
 と言い、海へ放した。海人は水上を数十歩、歩いてから海に姿を消した。

 翌日、姚氏が漁に出ると、豊漁に恵まれた。

(宋『稽神録』)