孔(あな)


 

 衛兵の某に娘がいた。年は十九、娘ざかりの器量よしであった。隣家の若者は二十歳になったばかりで、これも近衛兵となっていた。男ぶりが自慢で、女は誰でも自分に惚れると思い込んでいた。これが隙を見ては娘に誘いの水を向けるのだが、娘はいつも避けていた。

 ある時、父が従軍して南征し、母も実家に里帰りをし、家には娘と下働きの老婆だけが残された。若者、このことを知ると、わざと壁板を叩いて声をかけた。
「煙草の道具を貸してくれませんかね」
 娘は知らんふりをして返事をしない。若者は小刀で壁板をくり抜いて銭くらいの大きさの孔をあけると、そこからのぞき込んで愛想笑いを浮かべた。
「煙草の袋くらい貸してくれてもいいでしょ」
 娘はムッとしたが、気を静めて言った。
「顔見知りでもないのに、物の貸し借りなんてできませんわ」
 娘が口を利いたので、若者、大いに気をよくした。そこで、またもや軽口を叩いた。
「気取るなよ。こうして孔をあけてお互い顔を合わせたんだから、塀を越えて仲良くすることだって朝飯前だぜ」
「孔だけで十分じゃない?無理することないわ」
 娘がそう言って流し目をくれた。若者、ますますその気になった。試しに孔から指を一本差し入れてみれば、娘がやんわりと握り返してくるではないか。若者、これはモノにできると思い、こうささやいた。
「ねえ、いい物があるんだけど、君は知ってる?」
「まあ、何かしら?」
 娘、あどけなく聞き返した。
「これだよ」
 そう言って、若者、下ばきを解くなり大事な一物を孔からさし込んだ。
「あら」
 娘、早速、つかんで撫でさするふりをした。若者、もっと深くさし込んだ。その時である。娘が釵(かんざし)を抜くなり、一物を横に突き通し た。
「イタタタッ!!痛い!」
 若者、苦痛に耐え切れず、大声で叫んだ。孔から抜こうにも、刺さった釵がつかえて抜くことができない。娘は泣き叫ぶ若者を放っておいて、そのまま部屋を出てしまった。
 若者には妹がおり、これが兄の叫び声を聞きつけて駆けつけた。見れば、兄が壁板に体を押しつけて泣き叫んでいる。急いで母親を呼んだ。母が跳んで来たのだが、ことがことだけにどうしようもない。そこで、娘の家へ行って息子の非礼を陳謝して助けを請うた。
 娘は涼しい顔で、
「母が帰宅したら息子さんを解放してさしあげますわ」
 と答える。若者の母親、これに困り果て、隣家の母親を実家まで呼びに行った。母は話を聞くなり弟を連れて急遽帰宅した。
 娘は母親が言葉を尽くしてなだめても若者を解放しようとしない。結局、母親が隣家の息子に何かあったら申し訳が立たないと泣きわびたので、娘も首を縦に振った。
 娘の叔父が釵を抜く大役にあたったのだが、若者の姿に怒るやら、笑うやら。
「小さな怪我で大いに勉強したわけだ」
 と罵りながら、釵を抜いてくれた。その途端、若者は失神した。

 その後、一月あまりして若者の傷は治ったが、早々に転居してしまった。

(清『夜譚随録』)