老父の隠し子


 

 興(ごこう、注:現浙江省)に莫(ばく)という金持ちの老人がいた。ふとした出来心で下女に手をつけたところ、下女は身ごもってしまった。莫老人は慌てた。長年連れ添った細君がこのことを知ったら、怒り狂うに決まっている。それに息子夫婦や孫達の手前、恥ずかしくもあった。そこで、老人はいくばくかの嫁入り道具を持たせて、下女を長屋のすいとん売りに嫁がせた。嫁いでしばらくして下女が男の子を産むと、老人は細君にばれない範囲で生活費を与え続けた。子供は少し大きくなると、養父を手伝って市場ですいとんを売るようになった。
 子供が十歳になった時、莫老人が亡くなった。事情を知っている長屋の連中は下女にお悔やみを述べに言った。下女が老人の死を悲しむと、
「金持ちになれるというのに、どうして泣くんだ」
 と言って、こうそそのかした。
「お前さんとこの子供は莫の爺さんの子だろう?あの家の財産を相続する権利があるというわけだ。さあ、坊ちゃまをあの家に帰して取り分を主張させるんだ。もし、断られたら、その時はお上に訴え出ればいいさ」
 下女夫婦が、
「でも、うちには余分なお金はないよ。あの子の喪服すら用意できそうにないのに」
 と言うと、
「それくらい貸してやらあ。後できっちり返してくれよ」
 と皆で数文ずつ出し合った。これで喪服を買い求め、子供に着させて莫家へ送り込むことにした。送り出す際、子供にはこう言い含めた。
「あっちに着いたら、柩(ひつぎ)の前で土下座して大声で泣くんだよ。そして、すぐに戻っておいで。もし、誰かにその理由をきかれても答えちゃならないよ。戻ってきたらお上に訴え出るからね」
 子供は莫家に行くと、霊柩(れいきゅう)の前に進み出て大声で泣いた。莫家の人々はどよめいた。もしや、この子は莫老人の隠し子なのではあるまいか?老夫人は子供を怒鳴りつけた。そして、追い払おうと上げたその手を長男が止めた。
「お母さん、落ち着いて下さい。そんなことをしたらかえって大騒動になります」
 そして、子供を抱き上げてたずねた。
「お前は花楼橋のすいとん売りの子じゃないかい?」
「はい」
 長男は子供に老夫人を拝させた。
「こちらはお前のお母さんにあたる方だ。私は一番上の兄さんだよ。さあ、私にも挨拶をしておくれ」
 そして、家族を順々に指し示して紹介した。
「これは一番上の嫂(ねえ、注:兄嫁)さん、二番目の兄さんと嫂さんだ。挨拶しなさい」
 子供は言われた通り、お辞儀をした。
「これは上の甥と二番目の甥だ。今度はお前が挨拶を受ける番だよ」
 そう言って甥達の挨拶を受けさせた。家族との対面が終わって、子供が帰ろうとすると、
「これこれ、お前はうちの家族じゃないか。どこへ行こうというのかね」
 そして、子供を風呂に入らせると、正式の喪服を着せて兄弟と寝食をともにさせた。
 長男は子供の生みの母である下女を呼び寄せ、老人が生きていた時と同様に生活費を与えることを約束した。そして、二度と騒ぎを起こさないよう言い含めた。下女は大喜びで帰って行った。

 一方、長屋の連中は茶店で子供が帰ってくるのを待っていたのだが、いつまで待っても戻ってこない。まもなく子供が正式に莫家に引き取られたことを知って大いに落胆した。
 しかし、なおも諦めきれず、莫家の末の子供が借金を返してくれない、と役所に訴え出た。役所が莫家の老夫人と長男を捕えたところ、長男は今回の騒動の一部始終をを包み隠さず説明した。太守は感心して言った。
「莫家の長男は高い識見の持ち主だな」
 結局、そそのかした長屋の連中が百叩きの刑に処せられたのであった。

(宋『斉東野語』)