兎児神


 

 初のことである。
 御史の某は若くして科挙に及第し、福建の巡按となった。ちなみにこの某、水もしたたる美男であった。時に胡天宝という男がおり、これが某の美貌にほれ込んだ。某が出かける時には必ずやって来て、熱っぽい目つきで見つめる。某、不審に思うのだが、その心意がまったく解せない。下役達にたずねても、そのわけを言わない。実はこの福建、男色が盛んな地域であった。
 しばらくして、某は他の地方へ移ることとなった。すると、胡もそのあとを追っていった。
 ある日、某が厠(かわや)に入ると、誰やらのぞいている者がある。捕えてみれば、胡であった。なぜ、厠をのぞいた、と問い詰めても、胡は思いつめたように某を見つめるだけで答えない。脅したりすかしたりして、ようやく白状した。
「実は閣下の美貌を拝見してからというもの、忘れることができず、こうして追いかけてまいりました。閣下は天上の桂、それがしのような並みの鳥が止まれようはずもありません。分不相応なことは百も承知ですが、やはり体が自然と動いてしまい、のぞきを働いてしまったのでございます」
 男色に興味のない某に、この心理が理解できようはずがない。自分を女と同じに扱ったのかと激怒して、胡を枯木の下で殺させた。
 それから一月経ったある夜、胡が里人の夢に現れてこう言った。
「私は非礼の心で貴人を犯したのだから、殺されたのは当然である。しかし、これは一片の恋心であり、一時の痴想で、人を害する普通の罪とは同じ ではない。冥官は私のことをからかったが、怒る者はなかった。今、冥官は私を兎児神(とじしん)に封じて、この世の男同士の恋愛を司らせることとした。さあ、私のために廟を建て、香火を供えるように」
 福建では男子が男子を娶って契弟(けいてい)とする風習がある。里人がこの夢のことを語ると、皆、争って銭を出し、立派な廟を建てたところ、はたして霊験あらたかであった。思いを遂げられぬ者が祈願に訪れ、男色の縁結びの神となった。

(清『子不語』)