五原の夜(前編)


 

 士の趙合(ちょうごう)は容貌は温和であったが、その心は剛直で、行いは極めて高潔であった。
 唐の太和年間(827〜835)初め、趙合は旅の途中、五原(ごげん、注:現甘粛省)を通りかかった。荒涼(こうりょう)たる砂漠を行くうちに、何とも物悲しい気持ちに襲われた。その悲しみを紛らわすために従者と酒を酌み交わし、そのまま酔いつぶれて眠ってしまった。
 真夜中、趙合は目を覚ました。冴え冴えとした月明かりが砂の上に冷たい光を落としていた。またもや物悲しい気持ちがこみ上げてきたその時、どこからか細く悲しい声が聞こえてきた。
 それは女の歌声であった。趙合は起き上がると、声をたよりに歩き出した。砂丘を一つ越えたところで、一人の娘が泣いていた。年の頃はまだ二十 前で、艶麗なことこの上ない。この美女が泣きながら歌っているのである。
 娘は趙合に向かってこう語った。
「私は李と申し、奉天(注:現陜西省)に住んでおりました。洛源(らくげん、注:現甘粛省)の鎮帥(ちんすい、注:守備隊の隊長)に嫁いだ姉に会いに行く途中、党羌(タング−ト)に襲われました。そして、ここで殺され、釵を奪われました。その後、通りかがりの人が憐れに思って、私の骸(むくろ)を埋めて下さいました。ここに眠るようになってもう三年になります。あなたは義に篤い方と存じます。どうか私の骨を奉天の南にある小李村まで連れて帰ってやって下さいませ。そこが私の故郷でございます。きっとお礼はいたしましょうから」
 趙合はそうすることを約束し、骸が埋められている場所をたずねた。すると、娘は感謝の涙を流しながら一ヶ所を指し示して、姿を消した。
 趙合がそこを掘り返してみると、果して骨が現れた。その骨を取り集めて旅嚢(りょのう)に納め、夜明けを待った。
 そこへ、紫衣をまとった偉丈夫が馬を飛ばしてやって来た。

 

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