旅芸人の妻


 

 方に一人の将軍がいた。爵位を世襲し、たいそう権勢を振るっていた。
 ある時、北から旅芸人の夫婦がやって来た。将軍はこの夫婦を呼んで歌を唄わせることにした。旅芸人の妻は非常に美貌で、夫とともにすばらしい唱和を披露した。
 将軍は妻の美貌にすっかり魅せられ、機会をとらえて妾にしようとしたが、拒絶された。そこで、ひそかに人を遣わして夫を殺させると、妻を一室に閉じ込めた。美衣や珠玉を与えて機嫌を取ってみたところ、妻は夫の死を嘆く様子もなく、将軍の意に従った。こうして旅芸人の妻は将軍の妾となった。
 一年が過ぎた。将軍がいつものように旅芸人の妻のもとを訪れると、妻の方も常と変わりなく歓待して細やかな情愛を見せた。歓楽に疲れて将軍は 眠ってしまった。妻は突然、袂(たもと)から白刃(はくじん)を抜いた。
「夫の仇!」
 そう叫んで、将軍を刺し殺そうとした。将軍はその気配に飛び起きたが、妻は白刃を振りかざして追った。将軍は危機一髪で部屋の外に逃げ出し、下僕に扉を閉じさせた。
 将軍が捕えさせに人をやると、旅芸人の妻は己の首を刎ねて自決した後であった。

(五代『玉堂閑話』)