泥 観 音


 

 錫(むしゃく、現江蘇省)の某生は中年になっても子宝に恵まれなかった。妾を置くことにし、舟で通州へ求めに行った。某生は滞在費が惜しいので、手っ取り早く決めて戻るつもりであった。もちろん、妾探しの条件も極力安いことである。そこへ娘を売りたいという男が現れた。
 娘を見に行くと、たいそうな美人である。値段をたずねれば、びっくりするほど安い。ただ一つ条件として、
「貧しさゆえに娘を妾に売らねばなりません。せめて、花嫁として迎えてやってほしいのです。轎に乗せて、ちゃんと婚礼を挙げてやって下さい」
 とのこと。某生は大喜びで、この娘を妾に迎えることにした。
 娘は轎で某生の舟に送り届けられた。付き添いの二人の老婆が娘を轎から抱え下ろして寝台に坐らせた。娘は鮮やかな花嫁衣装を身にまとい、頭には紅い蓋頭(ベール)を被っていた。一度顔を見ているとはいえ、何とももどかしい思いがした。すぐにでも蓋頭をはずしたいのだが、二人の老婆が両側にしっかり坐っていて近づくこともできない。型どおり婚礼をすませると、轎かき人夫達と二人の老婆に心づけを渡して帰らせた。
 誰もいなくなってから、某生は寝台に近づいた。娘は端座したままピクリとも動かない。きっと恥ずかしくて動くこともできないのだろうと、某生は思った。
「こわがることはない、優しくしてやるからな」
 某生はそう言いながら娘の背を撫でさすった。それでも娘は動かない。
「さあ、顔を見せておくれ」
 蓋頭を取り除けて仰天した。蓋頭の下から現れたのは、娘ではなく泥の観音像であった。端麗なその観音像は、近年には見られない非常に精巧な造りで百年以上前の作と思われた。
「だ、だまされた…」
 某生がぼう然と蓋頭を握り締めていると、にわかに外が騒がしくなった。
「あった、あった、ワシらの観音さんだ」
 ドヤドヤと踏み込んできたのは近くの村人達であった。
「この観音さんは近隣千戸の守り本尊(ほんぞん)だぞ。お前さん、観音さんを盗んだな?」
「おい、こいつ、観音さんに花嫁衣装を着せてるぞ」
「観音さんに何をする気だ?」
 口々に某生を変態扱いして縛り上げようとする。某生は驚き恐れ、ただ口をパクパクさせるばかり。その時、一人の老人が進み出て、
「まあ、わけだけは聞こう」
 と言うので、某生は自分がだまされたことを説明した。老人が、
「この人はよそ者じゃ、ちと大目に見てやろうではないか。銀貨二百円で許してやるというのはどうじゃろう」
 と、取り成しても、村人はまだ腹がいえないようであったが、
「まあ、許してやるか」
 結局、しぶしぶながら承知した。
 某生が銀貨二百円を払うと、村人達は観音像を担いで帰って行った。

 某生はこれ以上悶着が起きては大変とばかりに大急ぎで無錫に帰った。結局、大損をしただけで、肝心の妾を買うことはできなかった。
 観音像を取り戻しに来た村人達も一味であったのかどうかは、いまだにわからない。

(清『庸庵筆記』)