冬の夜の出来事


 

 京の金魚胡同に徐四という男が住んでいた。非常に貧しく、物置も合わせて五部屋しかない家で、兄夫婦と同居していた。
 冬のある夜、兄が宿直で外泊することになり、家には徐四と兄嫁の二人が残された。兄嫁は賢明な女で、徐四にこう言った。
「今夜は特に北風が冷たいわ。うちには[火亢](オンドル)が一つしかないのよ、どうする?まさかあなたと私、同じ[火亢]で寝るわけにはいかないわね。だからと言って[火亢]がなかったら凍えてしまうわ。そこでね、私に名案があるの。私はこれから実家に戻って、今夜はあちらでやすみます。[火亢]はあなた一人で使いなさい」
 徐四も兄嫁の言葉になるほどと思い、実家へ送り出した。

 その夜、二更(夜十時頃)を回った頃のことである。月がぼんやりと明るかった。突然、門を叩く音が聞こえた。
「お助け下さい、お助け下さい」
 徐四が門を開けるのを待ちかねたように、誰やら飛び込んで来た。それは素晴らしい美少年で、貂の帽子に狐の裘(かわごろも)をまとい、手には大きな袋を提げていた。寒風にさらされて、頬がほんのり上気している。
 徐四にすすめられるままに美少年は暖[火亢]に上がると、泣き出した。
「どうか助けて下さい。私は男ではございません。どうか何もきかずに、一晩泊めて下さい。そうして下されば、この帽子や裘だけでなく、この品物も差し上げます」
 そう言って袋を開き、金や珠の首飾りを取り出して見せた。いずれも値は万金にもなろうかという見事な代物であった。
 徐四はまだ年若く、独り身であった。相手は少年に扮した美女で、たいそうな品物を持っているのを見て、正直、心が動いた。しかし、すぐに思い直した。美女は身元を明かそうとしないし、一晩泊めてもらうだけでこれほどの品物をくれようなど、どう考えても尋常な話ではない。下手に関わりを持って巻き添えを食わされてはたまらない。かと言って、この寒空の下に美女を放り出すのは気の毒でもあった。
「お嬢さん、しばらくここで休んでらっしゃい。僕は近所へ出かけてきます。すぐ戻りますよ」
 徐四はそう言うと、しっかり戸締りをして善覚寺へ行き、住職の円智を起こして相談した。この円智、道理をわきまえた老僧で、徐四は日頃から尊敬していた。
 円智は徐四から話を聞くと、
「何やらうさんくさいのう」
 と眉をひそめた。
「その女はおそらく貴顕(きけん)の妾で、故あって出奔(しゅっぽん)したのじゃろうて。泊めたりすれば禍を招くかもしれないし、さりとて外に放り出すのは気の毒。お前さん、今夜はここに泊まりなされ。そうすれば、何か起きても言い逃れができる。明るくなってから戻ったとて遅くはあるまいて」
 徐四は円智の言葉に従い、寺に泊まることにした。
 その頃、徐四の家へ忍び込む人影があった。人影は灯りを吹き消して[火亢]に上がると、女を抱き寄せた。
「ご用は終わったの?」
 女は相手を徐四だと思い、拒まなかった。

 一方、徐四の兄は夜の寒さに耐えかね、四更(夜二時頃)過ぎに毛皮の上着を取りに家へ戻った。灯りを手に家へ入ると、男物の履(くつ)が落ちている。見れば、[火亢]の上では男と女が蒲団をかぶって寝ていた。
 兄はてっきり妻と弟が不義を働いていると思い込んだ。怒りにかられて刀を抜くと、眠っている男女の首を切り落とした。そして、その足で妻の実家へ駆け込んだ。
「舅殿、あなたの娘が不義を働いたので切り捨てましたぞ!」
 そう大声で呼ばわると、奥から妻が出て来たものだからびっくり仰天。
「ひゃあ、幽霊だ!」
 兄は地面にぶっ倒れた。家族も出て来て、ひとしきり大騒ぎとなった。
「確かにこの手で[火亢]に寝ていた男と女の首を切り落としたのです」
 兄が言い張るので、一同は様子を見にその家へ行った。兄の言う通り、[火亢]の上には変わり果てた男女の姿があった。しかし、どこの誰やらわからない。そこへ騒ぎを聞きつけて円智と徐四もやって来た。
 円智は男の首を見るなり言った。
「や、これは拙僧の弟子ですぞ」
 聞けば、円智の弟子に普段から行状の芳しくない者がいた。これが徐四と円智のやりとりを盗み聞いて留守宅に忍び込み、戻って来た兄に殺されたものと思われた。
 事情はどうであれ、人を殺したことに変わりはないので、兄は自首して出た。刑部では姦夫姦婦を殺したものとみなし、無罪放免とした。
 わからないのは女の身元である。首を往来に掲げて身内を探したが、名乗り出る者はなかった。

 徐四は横死した女を不憫に思い、残した裘や首飾りを売り払って丁重に葬った。

(清『子不語』)