鬼、鬼、鬼!(二)


 

 合いの当日、樊生はめかし込んで時間より少し早めに小料理屋へ出向いた。しばらく待っているところへ、王老娘の先導で四人の人夫のかく轎(かご)が到着した。後ろからは可愛らしい小間使いが一人ついてくる。簾(すだれ)を掲げて現れたのは、臈(ろう)たけた麗人であった。
「こちらが陶の御寮さん、こちらは樊さん」
 王老娘の紹介を受けて、麗人がニッコリと微笑んだ。この世の者とは思われぬその美しさに、樊生は体の芯までグニャグニャになってしまった。
 王老娘の取り持ちで座敷を借り切り、酒を酌み交わした。盃を重ねるうちに打ち解け、会話もきわどいものになっていった。頃合を見計らって王老娘は小用にかこつけて出て行き、そのまま戻らなかった。座敷には樊生と御寮さんだけが残された…。

 事が済んで、御寮さんは言った。
「あたしはもうあなたと離れません。このままあたしを連れて帰って下さい」
 しかし、樊生には厳格な父親がおり、婚礼も挙げないうちにねんごろになった女を連れて帰るのははばかられた。裏通りに倉庫として使っている別宅があったので、御寮さんと小間使いをひとまずそこに住まわせることにした。
 樊生が説明しようとする前に、御寮さんはすでに轎に乗り込み、人夫達に、
「裏通りにある樊さんのお宅へ行っておくれ」
 と命じた。樊生は御寮さんがまだ口にしていないことを知っていたことに驚いたが、もしかしたら無意識のうちに独り言でも言ったのかもしれない、と納得してその後に続いた。
 別宅に着くと、樊生は人夫達を門前に残し、御寮さんと小間使いを連れて二階に上がった。その時、樊家で雇っている管理人が、人夫達が紙でできた衣を着ていることに気づいた。驚いて何か言おうとした途端、一陣の風が吹きつけた。そして、人夫達の姿は見えなくなった。樊生は二階に上がっていたので、そのことを知らなかった。
 夜も更け、樊生は父親の家へ帰ることにした。管理人が見送りの途中、先ほど見た怪異を話した。
「そんなバカな」
 と言って、樊生は本気にしなかった。管理人に二人の女の世話を頼んで帰って行った。

 翌朝、管理人が湯を沸かしに二階に上がると、御寮さんの部屋の扉が開いていた。管理人は小間使いに声をかけた。
「おはようございます」
 声に応じて振り返ったのは何と一体の髑髏(どくろ)。奥の寝台には女が寝ているのだが、腰のところで真っ二つに断ち切られ、上半身と下半身が別々のところにある。
「ひゃあぁぁぁっ!」
 管理人は転がるように階段を駆け下りた。

 

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