地 震
雍正八年(1730)、北京を大地震が襲った。
その前日、一人の西域人が三、四歳の子供を抱いて茶店に入ろうとした。子供は入り口まで来ると、父親の首に抱きついて泣き出した。
「人が多くておびえたのかな?」
茶店は常連客で満員であった。父親は子供を抱いて別の茶店に入ることにした。すると、またもや子供は泣いて入ろうとしない。ほかの茶店でも同様であった。
「茶店のお菓子は大好きだろう?いつもなら自分で入りたがるのに、今日に限ってどうしたんだい?」
すると、子供はすっかりおびえた様子で言った。
「だってお店にいるオジチャン達、みんな首に大きな鎖をつけてるんだもん。だから入りたくないんだよう。今日はどうしてこんなにたくさんの人が 鎖をつけてるの?」
「おいおい、そんな作り話をしたって父さんはこわくないよ」
父親は笑った。
たまたま知人と出会った。
「何をウロウロしているんです?」
そう問われて、父親は子供が茶店に入ることを恐れることを話した。
「みんなが鎖をつけてるのはどうしてか、なんてきかれて困ってるんですよ」
知人はプッと吹き出して、そのまま別れた。
子供はそれを見送りながら言った。
「あのオジチャンも鎖をつけてるよ」
父子は茶店には入らずに帰宅した。
父親が近所の物知りに子供の見たことについて話したところ、
「子供の目には大人には見えないものが見えるのかもしれませんよ。何か原因があるのでしょう。しばらく様子を見たらどうです」
子供は二人の従兄を見た時も、
「お兄ちゃん達も鎖をつけてるよう」
と、おびえて泣いた。
翌日、大地震が起き、多くの家屋が倒壊した。子供が入ろうとしなかった茶店も倒壊し、常連客や従業員は一人残らず家屋の下敷きになって死んだ。二人の従兄も土塀に押しつぶされて命を落とした。父親が前日会った知人の消息を尋ねると、これも家屋の下敷きになって死んでいた。(清『夜譚随録』)