鍛冶屋の劉


 

 冶屋の劉は汀州連城(現福建省)の人である。乾隆二十一年(1756)、上京する途中、[シ文]上(ぶんじょう、現山東省)の旅籠(はたご)に泊まった。
 劉の同室はまだ二十歳になるかならぬかの少年で、眉目は描いたように麗しかった。少年は自らこう言った。
「私は江右(現江西省)から来ました」
 そして、荷物を部屋の東北の隅に置いた。
 そこへ番禺(ばんぐう、現広東省)の許生が到着した。彼は受験のため、北京を目指していた。
 主人は、
「もう空いている部屋はありません」
 と言って許生の宿泊を断った。許生が困り果てていると、少年が口をはさんだ。
「四海の内は皆、兄弟と申します。空いている部屋はなくても、果たして人一人、泊まらせる余地もないのでしょうか。少し窮屈かもしれませんが、僕と同じ寝床を使えばいいではありませんか」
 許生は少年を一目見るなり喜び、酒や肉を買い込んでもてなした。同室の劉もお相伴にあずかり、思う存分飲み、食らった。

 床に就いて間もなく、少年の叱りつける声が聞こえた。
「どうしてこのような無礼なことをするのです?僕をそういう手合いの人間だと思っているのですか?」
 叱りつけられた当の許生は、黙ったまま一言も発さない。しばらくすると、また少年が声を荒げた。
「ええい、さっきからゴソゴソとうっとうしい!あなたは僕の腕前を知らないのか。何なら、試してやってもよいぞ」
 その言葉も終わらぬうちに、カチッと音がしたかと思うと、白い閃光(せんこう)が帳の中から飛び出した。閃光は稲妻のように部屋中を駆けめぐり、その発する冷気が骨身までしみ透った。
 劉は頭の上を閃光がかすめる恐ろしさに寝床の中でびっしょりと冷や汗をかいていた。息を潜めたまま動くこともできなかった。
 しばらくして、少年の声が響いた。
「やめよ!」
 閃光はたちまち消えた。少年は起き上がると荷物をまとめ始めた。
「田舎者め。劉殿が同室でなければ、今頃は命がなかったぞ」
 そして、劉の前に進み出て謝罪した。
「僕は年若く粗暴なたちで、驚かせた上に不安な思いをおさせして申し訳ありません。ささやかながらお詫びの品を差し上げたく存じます。先を急ぎますので、もう出発しなければなりません。お目をかけてやろうと思し召しなら、この品をお受け取り下さい」
 そう言って柿色の巾着を枕もとに置くと、そのまま部屋を出て行った。
 しばらくして劉もようやく落ち着いたので、許生に声をかけた。
「一体、何があったのです?」
 許生は何やらボソボソ言うだけで、はっきりと答えない。それを再三再四たずねると、ようやく白状した。
「あの少年の美しさに、初めて会った時から一目で心を奪われました。あれほどの美少年と一つ寝床ですよ。冷静でいろという方が無理というものでしょう。それでもはじめは我慢していたのですが、たまたま触れた足がスベスベだったから、そっと握ってみたのです。すると、泥のように眠っているのか、身動き一つしない。そこで、今度は腿を撫でてみました。それでも動かない。ひょっとして彼もこの道が好きなのかもしれない、そう思った私は酒の酔いも手伝って大胆な振る舞いに出たのです。まさか花のようにたおやかな美少年にあのような神術あろうとは……」

 翌朝、劉は許生の両の眉毛が剃り落とされていることに気づいた。
「あなたの眉」
「そう言うあなたの鬚(ひげ)も短くなっていますよ」
 許生に言われて顎(あご)を撫でてみれば、確かに鬚が短く刈り込まれていた。荷物をまとめていると、蒲団の中に毛が散らばっていた。昨夜、閃光が部屋中を走り回った時、不覚にも剃り落とされたものであった。改めて昨夜の出来事に驚いたのであった。
 劉が少年からもらった巾着を開いてみると、銀の延べ棒が二本入っていた。

 劉は北京に着いてからこれを元手に商売を始め、ついに豪商となった。
 許生は試験に落第し、何とか国子監にもぐり込んだのだが、やがて病死した。

(清『夜譚随録』)