切り紙


 

 安に黄翁(こうおう)という人がいた。薬を商いに都へ上ったが、長くとどまるうちに薬をほとんど売り切っしまったので、故郷の長安へ戻ることにした。
 夫婦で荷物をあい携えていたのだが、重くて仕方がない。ふと見れば路傍の木に身なりの貧しい男がもたれて坐っていた。どうやら食うに困って、自分の身を売りに出しているようである。そこで黄翁は男に声をかけた。
「ワシの代わりに荷物を担いでくれんかの。数日でよい。それなりにお礼はするから」
 男はうなずいて、夫婦の荷物を担ぎ上げた。
 その夜泊まる旅籠に着くまでの間、男の振る舞いはとても慎ましく、礼儀正しかった。黄翁はすっかり気に入り、男の身を買い取ることにした。こうして長安に戻ってからも、男は黄翁のもとで下僕として日夜薬の嚢(ふくろ)を担ぎ続けた。そして、一、二年が過ぎた。

 この頃、黄翁の家は落ちぶれ、困窮していた。夫婦は悲嘆にくれた。
「財布はもう空っぽだよ。このままでは家中飢えてしまう」
 下僕は夫婦の会話を耳にすると、進み出てたずねた。
「ひどく嘆いておられますが、一体いくら必要なのですか?」
「五百さしあれば十分なのじゃが」
「それだけですか。何とか工面してみましょう」
 下僕がこともなげに言うので黄翁は驚いた。
「お前、どうやって工面するのかね?」
「私には何の取り得もありませんが、ちょっとした術を心得ております。五百さしくらいなら何とかなりますよ。市場に掛け小屋を借りて下さい。できるだけ賑やかなところがよいでしょう。それと上等な紙を二千枚に筆、硯(すずり)、はさみ、素焼きの壷を一つずつと藁(わら)を一束買ってきて下さい」
 黄翁は言われるままに必要なものを用意した。夜が明けると、下僕は黄翁夫婦とともに掛け小屋へ出かけた。
 何をするのかと見ていれば、下僕はただ坐り込み、はさみで紙を切っている。正午近くになっても、客など来ない。ただ、一人、二人の冷やかしの客が笑いながら見ているだけである。
 下僕ははさみを器用に操って紙人形を切り抜いた。それに息を吹きかけて、
「寺院へ行って幟(のぼり)の竿のてっぺんに坐っておれ」
 と命じると、紙人形は飛び上がった。人の背丈よりも一尺ほど高いところを進んでいく。冷やかしの客は面白がって人形の後についていった。寺院まで行くと紙人形は竿のてっぺんにチョコンと坐った。 
 噂を聞きつけた人々が掛け小屋に続々と集まり、またたく間に人垣ができた。下僕はもう一枚紙人形を切り抜いて命じた。
「寺院の竿に登って先ほどの者を連れ戻してまいれ」
 息を吹きかけると、紙人形は宙に舞い上がり、ゆっくりと寺へ向かった。人々がその後について行くと、果たして紙人形が先の紙人形と連なって戻ってきた。
 下僕は今度は残りの紙を重ね持って、筆をとって見物客に向かって呼ばわった。
「さて、これよりまじないの言葉を書き上げます。一番上の一枚に書けば下の紙すべてにしみ透ります。文字だけでなく、もちろん効果もしみ透りまする。来年、長安を疫病が襲いますが、このお守りがあれば難を逃れることができます。一枚につき五十金いただきます」
 そう言って筆で何やら書きつけた。先ほどの不思議を目の当たりにした見物客たちは争ってお守りを買った。黄翁夫婦はその応対で大わらわであった。
 下僕は稼いだ金を黄翁に渡した。
「銭五百さしになりました」
 そして、藁に息を吹きかけると、パッと炎が上がった。下僕は素焼きの壷を頭にかぶり、炎の中に坐った。下僕はすぐに炎に包まれ、見えなくなった。

 翌年、長安を疫病が襲ったのだが、下僕からお守りを買った者は免れることができた。

(宋『捜神秘覧』)