恋は舟に乗って(一)


 

 州の太守呉君に嫁入り前の令嬢がいた。利発な上に花も恥じらうほどの美貌の主で、両親は目に入れても痛くないほど可愛がり、どこへ行くにも必ず伴った。
 呉君の任期が満了し、家族を連れて水路、都へ上ることとなった。途中、嵐にあったため、淮安(わいあん、注:現江蘇省)の桟橋で天候の回復するのを待つことにした。
 隣には太原(注:現山西省)の江という商人の舟が停泊していた。江には名を情という息子がおり、当年とって十六歳、教養の深い秀才で、おまけに画から抜け出したような美少年であった。
 情の船室と呉君の令嬢の船室は隣り合わせになった。年頃の若い男女のこと、相手が気になって仕方がない。令嬢は窓のすき間から情の姿をのぞき見、情の方でも本を読むふりをしながら、令嬢の窓をうかがい見る。たちまち恋の炎が燃え上がるのだが、如何せん、話すきっかけがない。
 たまたま、令嬢の小間使いが舟端(ふなばた)で洗濯をしているのを見かけた情、早速これに声をかけた。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、いいものがあるよ。こっちへおいでよ」
 そう言いながら菓子をちらつかせると、小間使いは寄って来た。菓子をほおばる小間使いに情はきいた。
「お宅のお嬢さまに許嫁(いいなずけ)はいるの?」
「まだおりません」
「ふうん。で、ご本はお読みになる?」
「はい」
「それはよかった」
 情はそう言って、何やら書きつけた紙を取り出した。
「実はね、わからない字があるんだ。ちょっとお嬢さまにきいてきてもらえないかな?」
 小間使いはその紙を令嬢のもとへ届けた。令嬢は紙を受け取ると、ニッコリ微笑んだ。そして、そこに書かれてある文字に一つ一つ注釈をつけた。
「字を知らない秀才さんがいるはずないでしょ」
 そう言って、小間使いに紙を持たせて情に返しに行かせた。
「お嬢さまはご覧になって何か言った?」
「ニッコリ笑って、『字を知らない秀才さんがいるはずないでしょ』とおっしゃられました」
 これは脈があるかもしれない、と喜んだ情は、しゃれた便箋(びんせん)に詩をしたためて小間使いにことづけた。
 令嬢が便箋を開くと、そこにはこう書かれてあった。

  僕の思いを水煙に託してみたよ
  君の恋心も、僕にはすっかりお見通し
  これならわざわざ約束する必要もないね
  今宵の波も月も、僕らの逢瀬を応援してるよ

 令嬢は読むなり眉を吊り上げた。
「私たちは偶然、舟が隣り合わせただけよ。それをこんないやらしい言葉でからかうなんて」

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