恋は舟に乗って(二)


 

 りの矛先は小間使いに向けられた。
「こんなくだらない詩を預かったお前が悪いのよ。お父さまに言いつけて、ぶってもらうから」
 小間使いはワッと泣き出して、許しを乞うた。すると、令嬢は笑って、
「そう、じゃあ、私も詩であちらをとっちめてやりましょう」
 と言うと、うす緑色の便箋にサラサラと詩をしたため、小間使いに届けさせた。

  若い娘は恋なんかに憧れない方がいいのよ
  だって、深窓の娘には毒だもの
  河の流れは清らかで、お月さまと水入らず
  まるで私と若さまの仲みたいだわ

 情はこれを読んで驚喜した。
「お嬢さまに伝えておくれ。もっと教えてもらいたいことがあります。今夜、窓を開けてお待ちしますから、是非お運び下さい、と」
 小間使いが令嬢に情の言葉を伝えると、
「まあ、私は深窓で育った年若い娘よ。そんな軽々しく出かけれらないわ。秀才さんには足がないのかしら」
 と言う。情は令嬢の真意を悟り、夜、家族が寝静まるのを待って忍んで行くことにした。
 皆が寝静まった頃、令嬢は一人舟端(ふなばた)に出て月を眺めていた。そこへ人影が滑り込んできた。令嬢、一瞬、身構えたが、すぐに笑顔を見せた。
「秀才さん、私の言葉の意味がわかったのね」
 人影は情であった。二人は手を取り合って令嬢の船室に入ると、思いのたけを語り合い、心ゆくまで情を交わした。そして、恋の余韻の気だるさにひたりながら、二人抱き合って寝入ってしまった。
 二人が目覚めた時には、すでに明るくなっていた。情は慌てて衣を着込み、自分の舟に帰ろうと窓を開けた途端、仰天した。隣に停泊しているはずの江家の舟が影も形も見当たらないのである。もっと驚いたことに、桟橋も見えない。
 月も明るく波も穏やかだったため、両家の舟は夜半に出帆したのであった。それも逆方向に。

 一方、江家の舟では船室から情の姿が消えているので大騒ぎになっていた。
「もしかしたら河に落ちたのかもしれん」
 情の父親は舟を引き返させて息子の姿を求めたが、茫洋とした河の流れに影を求めるようなもの。父親は河に向かって息子の名前をむなしく呼ばわるだけであった。

 

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