すき


 

 州(ごうしゅう、安徽省)定遠県に一人の弓兵がいた。矛(ほこ)の使い手として知られており、遠近の豪の者は皆その腕前に感服していた。
 同じく定遠県に一人の盗賊がおり、剣術に秀ででいた。この盗賊、自分の腕を恃(たの)んでいつも官兵をばかにしていたが、弓兵にだけは敵愾心(てきがいしん)をむき出しにし、
「いつか、命を賭けてでも決着をつけてやるぞ」
 と言っていた。

 ある日、弓兵が所用で村の船着場へ行くと、例の盗賊が酒を飲んでいるところであった。盗賊は剣をちらつかせて勝負を挑んでくる。弓兵も矛を執って戦うことになった。
 野次馬が垣根のように取り巻く中、双方得物(えもの)を手ににらみ合ったまま動かない。その時、ふいに弓兵が言った。
「おい、署長殿が来たぜ。オレもお前も男だ。署長殿の馬前で決着をつけようじゃないか」
「おう」
 その答えも終わらぬ間に、盗賊の体に矛が突き刺さった。弓兵は盗賊の一瞬のすきに乗じて、これを倒したのである。

(宋『夢渓筆談』)