月の御殿


 

 郡(注:現江西省)の役人の息子が、一人の道人と知り合った。
 道人は言った。
「私に酒をおごって下さい。そうすれば、今夜、あなたを月の御殿に連れて行ってあげますよ」
 役人の息子はたずねた。
「月の御殿はどこにあるのですか?」
「旧市場にあります」
 暗くなってから二人は連れ立って出かけた。しばらく歩くと、巨大な桂の前に出た。その下には嫦娥(こうが)が坐っていた。また、兎が薬をつき、蟾蜍(ひきがえる)が光を吐き出している。それを眺めながら、二人は酒を酌み交わした。
 役人の息子はその道順をしっかり頭に刻み込んでおいた。

 翌日、記憶を頼りに行ってみると、そこは一軒の居酒屋であった。中庭には一本の木が植えられており、その下に若い女が坐っていた。そばでは居酒屋の主人が石臼で生姜や山椒をすりつぶしていた。かまどの傍らには犬が寝ていた。これが昨夜見た巨大な桂に嫦娥、薬をつく兎、そして光を吐き出す蟾蜍の正体だったのである。

 昨夜は道人の幻術にたぶらかされたことを知った。

(元『湖海新聞夷堅続志』)