頭の交換


 

 (現四川省)の遂寧(すいねい)府に岳という士人がいた。七曲山の梓潼君(しとうくん)の社(やしろ)にこもって出世を祈願した。[門+良](ろう)州の李という士人もこの社に来ていたのだが、離れた部屋にこもっていたので顔を合わすことはなかった。

 社にこもって数日が経ったある晩、岳は立派な御殿へ行く夢を見た。階(きざはし)の上には王者のような装いをした人物が腰かけていた。階の下には侍衛七、八人が居並び、岳の傍らには名簿を持った書記が立っていた。岳は前に進み出ると、王者にたずねた。

「私の前途はどうでしょうか」

 そこへ、李がやって来て、階の上の王者に向かって岳と同じ質問をした。書記が名簿を開いて二人の本籍と姓名を調べ出すと、王者に告げた。王者は岳ら二人の顔を見比べて言った。

「その方ら二人はどちらも出世を果たすであろう。しかしだな、頭と体の組み合わせがよくないので、双方の頭を取り換えねばならない」

 頭を取り換えると聞いて、岳は震え上がった。王者はたたみかけるように言った。

「恐れておるようだが、このままでは出世できぬぞ。それでもよいのか」

 岳と李はそのまま斧を持った役人に廊下へ引き出された。二人は観念して眼を固くつぶった。首筋に冷たい感触が走り、

「すんだぞ、目を開けよ」

 と言う声が聞こえた。その途端、岳は目が覚めたのだが、首筋にまだかすかな痛みが残っていた。

 起き出してきた下僕は岳の面相がすっかり変わっているので驚いた。しかし、顔こそ違え、声は岳のものである。岳が昨夜の夢のことを話して聞かせると、ようやく納得した。

「頭を取り換えても、中味は旦那様のままなのですか。不思議なものですねえ。人間の心って一体どこにあるのでしょう」

 七曲山を下りて帰宅してからがもっと大変であった。妻子が岳だと認めないのである。家庭での日常を事細かにたずね、すべて答えたところ、ようやく家へ入れてくれた。岳が梓潼君の社で見た夢のことを話して聞かせると、妻は、

「私が美人と頭を取り換えても、中味は私のままってことかしら。じゃあ、人間の心って一体どこにあるのかしら」

 と言って不思議がった。

 その年、岳は郷里の推薦で受験することになり、翌年、見事合格し、重慶府の江源県の書記に任じられた。李も合格して書記の欠員を得ていたのだが、喪中で赴任することができなかった。岳の任期満了と同時に李の喪が明け、岳の後任として江源県へ赴任した。職務の引継ぎの時、顔を合わせた二人は驚いた。梓潼君の社で見た夢のことを語り合うと、すべて一致した。

 後に、夢のお告げ通り二人とも出世を果たした。

(元『湖海新聞夷堅続志』)