小間使いと九官鳥


 

 川のある富豪の家に小間使いがいた。美しい上に聡明だったので、主人はたいそう可愛がり、衣服から部屋まですべてほかの小間使い達よりも上等な物を与えていた。

 ある時、太守から一羽の九官鳥を贈られた。この九官鳥、とても利巧で人の言葉で話すことができた。主人は小間使いに九官鳥の世話をさせることにした。

 ある日、小間使いが九官鳥にえさをやっていると、突然、こんなことを言い出した。

「お姉様、いつも私にごはんをくれてありがとう。お礼に立派なお婿さんを探してあげましょう」

「まあ、何てことを言うの?」

 小間使いは真っ赤になって扇で九官鳥をぶつまねをした。以来、九官鳥は小間使いに「お婿さん」の話をするようになった。小間使いはそれにふざけて答えることもあれば、笑って罵ることもあった。小間使いもいつしかすっかり慣れてしまい、あまり気に留めなくなった。小間使いは一人部屋をあてがわれており、九官鳥の籠はその窓辺にかけられていたので、誰も「お婿さん」の話を知らなかった。

 ある日、小間使いが部屋で行水をしていると、九官鳥が籠の中から言った。

「お姉様はきれいな体をしてるわね。私が男でないのが惜しいくらい。男だったらきっと魂がとろけてしまってるわ」

 小間使いは怒って裸のまま盥(たらい)から飛び出し、九官鳥をぶとうとした。ちょうど九官鳥も水浴びをすませたばかりで、籠があいたままになっていた。九官鳥はパッと羽を振るうと、籠の外へ出て部屋の中を飛び回った。やがて、窓の紙を破って外へ逃げてしまった。

 小間使いは空になった籠を前にして思案した。大切にしていた九官鳥を逃がしてしまったのだから、主人の怒りを免れることはとうていできそうにない。その時、よい考えが浮かんだ。小間使いはあわてて衣服を身に着けると、籠を軒下にかけた。そして、泣きながら主人に訴え出た。

「私が戸を閉めて行水している間に、誰かが九官鳥を放してしまいました。油断していた私に責任がございます。存分に処罰なさって下さい」

 主人は小間使いが同輩から妬まれていたことを知っていたので、深くとがめはしなかった。また、九官鳥を放した者を追究したのだが、もとより見つかるはずはなく、このことはそのままに捨ておかれた。

 十日後、小間使いは奥方の使いで梁夫人の家を訪れた。梁夫人には緒(しょ)という息子があり、年若く、独り身であった。この緒が書斎で勉強をしていると、どこからか鳥が一羽飛び込んで来た。鳥は机の端に止まると、人の言葉でこう言った。

「若様のためによいお嫁さんを見つけてあげましたよ。ごらんになりたくありませんか?」

 驚いた緒がよく見てみれば、それは九官鳥であった。九官鳥は机から飛び立つと、ゆっくりと書斎の外へ向かった。緒は勉強をやめてその後を追った。緒が中庭に出ると、見知らぬ娘が門をくぐってくるのが見えた。気がつけば九官鳥はいなくなっていた。

 娘は年の頃十六ばかりで見目麗しく、ほっそりとした体に青い上着と紅い裙子(スカート)を着けていた。一目で心を奪われた緒は、娘の後をついて行くことにした。娘は奥へ通ると、母の部屋へ入って行った。緒も後から部屋へ入り、隅の椅子に腰を下ろした。母との会話から、娘が富豪の小間使いであることを知った。小間使いも緒のことが気になるようで、時折、流し目で見るので、緒の魂は消し飛びそうになった。小間使いはしばらく梁夫人と話をした後、帰って行った。

 小間使いは奥方に報告をすませて部屋に退いた。寝台の横には空になった籠が置いてあるのだが、籠の上には何と逃げたはずの九官鳥が目を閉じて止まっていた。小間使いはまるで宝玉を見つけたように喜び、捕らえて籠に閉じ込めようとした。すると、九官鳥はけたたましく鳴いてこう言った。

「お姉様、あなたのために骨を折ってよいご縁を結んできた私を、また閉じ込めようとするの?」

 小間使い九官鳥の言葉を不思議に思い、籠に閉じ込めるのをやめた。九官鳥は逃げもせず、寝台の端に止まったまま、自分が梁夫人の家へ行ったことを話した。

「私は崑崙奴(こんろんど)のようにお姉様を背負って梁の若様のところへ連れて行くことはできません。だけど、お姉様の思いを若様にお伝えすることはできますよ。お姉様も梁の若様のことがお好きなんでしょう?」

 小間使いも緒を好もしく思っていることは確かであったが、恥じらって答えようとしなかった。九官鳥は笑った。

「まったく若い娘さんは……。あ、誰か来そうです。私は行きますよ」

 そう言って飛び立った。やがてその姿は見えなくなった。

 小間使いはこれからのことを考えた。主人の自分への目のかけようから見て、いずれは数多くいる妾の一人に加えるつもりでいるのは明らかであった。彼女自身、主人の妾になることは避けられないことと、半分あきらめていた。しかし、緒と会ってしまった今は別である。小間使いは緒の若さとすぐれた風貌(ふうぼう)にあこがれた。その晩は寝つかれぬままに過ごした。

 翌日、九官鳥は小間使いの部屋の窓辺に飛んで来た。

「旦那様はとても私のことを可愛がって下さっているから、簡単には手放しそうにないわ。それに、梁の若様のようにお家柄も風采(ふうさい)も立派な方が私のような小間使いを本気で好きになったりするかしら。ただの遊びだったらどうしましょう。ねえ、鳥さん、私のためにお骨折りをしてちょうだい」

 九官鳥はうなずくと、翼をふるって飛び立った。

 九官鳥は夕闇にまぎれて小間使いのもとへ戻って来た。

「梁の若様は本気みたいですよ。お姉様のことを考えながらこんな詩を詠んでましたもの」

 そして、詩を一首吟じた。

   僕は君の身分なんて気にしない
   僕が好きなのは君自身なのだから
   もし、願いがかなうのなら
   終生離れず、一緒にいよう

 小間使いは緒が本気であることを知って喜んだ。

「鳥さん、若様に伝えてちょうだい。私もずっと一緒にいたいって」

 九官鳥は朝早く飛び立った。緒が一人書斎で小間使いのことを考えていると、鳥の羽音が聞こえた。外を見ると、九官鳥が窓の外をゆっくりと飛び回っていた。緒はまるで旧友に会ったかのように喜んだ。彼は九官鳥に向かって声をかけた。

「鳥くん、僕の言葉をあの人に伝えてもらえるかい? そうしてくれたら、いつか君の伝記を書いて後の世まで語り伝えてあげよう」

 その言葉も終わらぬうちに、九官鳥は舞い降りてきた。

「若様、あの人もあなたのことが好きだそうですよ。ただ、旦那様のある身なので、それが妨げになっております」

「あの人は字は読めるのかい?」

「少しは読めます」

 緒は筆を執って、便箋(びんせん)にサラサラと文をしたためた。小間使いへの思いが本物であること、どのような困難が待ち構えていようともきっと妻に迎える、という文面であった。緒は厳重に封をすると、九官鳥は文をくわえて飛び立った。

 それからしばらくの間、九官鳥は緒の前に姿を現わさなかった。緒は小間使いの消息を得ることができず、悶々とするばかりであった。そんなある日、くだんの富豪の家で小間使いが死んだという噂を耳にした。緒が悪い予感にかられて確かめてみれば、果たして死んだのは彼が思いをかけている小間使いであった。緒は悲嘆に暮れた。

「あの人の身に一体、何が起きたのだろう?」

 小間使いは九官鳥から緒の文を受け取ったのだが、彼女は字が書けず、返事をしたためることができなかった。そこで、耳環をはずして、返事の代わりに九官鳥に託し、自分の両親の所在を告げた。

「これをあの方に渡してちょうだい。そして、両親のもとを訪ねて、お金を渡して私を買い戻させるよう、伝えておくれ」

 九官鳥は翼をふるって飛び立ち、まっしぐらに緒のもとへ向かった。しかし、その途中、不良少年の放った一発の弾丸が命中し、九官鳥はあえなく絶命してしまった。ほどなくして、小間使いも禍(わざわい)に見舞われることとなった。

 主人である富豪は小間使いをいつかは妾にするつもりで目をかけていた。しかし、近頃の小間使いは主人を避けようとするばかりか、あからさまに反抗的な態度をとるようにもなった。そこへ、その寵愛を妬む者が、小間使いの部屋からしょっちゅう話し声が聞こえると告げ口した。

 主人が小間使いの部屋をさがすと、運悪く緒の文が出てきた。

「この売女(ばいた)め! 間男(まおとこ)したな」

 主人は激怒して小間使いを縛り上げ、散々に折檻(せっかん)した。やがて虫の息になった小間使いを、生きたまま柩(ひつぎ)に納めて埋葬してしまったのであった。

 小間使いが埋葬された状況を緒は知らなかった。恋しい人の突然の死に打ちひしがれ、起き上がることもできなかった。

 緒が歎き疲れて眠りにつくと、夢に全身を羽毛で覆われた娘がふわりと現われた。娘は緒にこう告げた。

「若様、私はあの九官鳥です。私と姉は前世では同類でした。様は善行を積んだため、人間に生まれ変わることができました。不思議な縁で、現世でも私達は再び一緒になったのです。私は姉によい伴侶(はんりょ)を見つけてやりたくて、若様とのご縁を取り持ちました。その途中、私は非命に倒れ、姉は人にそしられて暴力にさらされ、黄泉路(よみじ)をたどろうとしております。しかし、幸いにまだ命はその体を離れておりません。どうか、若様、姉を助けてやって下さいませ」

 緒は小間使いが生きていることを知って喜んだ。起き上がると、娘に小間使いがどこに葬られたかをたずねた。娘は一方を指さした。 「郊外百里の、薛涛(せつとう)の墓から遠くないところです」

 娘は言い終わると、地面に倒れて鶴に変じた。そして、空に向かって飛び立った。

 緒は驚いて目覚めると、早速、下僕を連れて馬で北郊の小村へ向かった。その村には唐代の名妓薛涛の墓があるといわれていた。目指す村に到着して色々と聞いて回ったところ、富豪が小間使いを葬った墓を見つけた。緒は場所を確認するとすぐに掘り返すことはしなかった。村内の小屋を一軒借り上げ、夜になるのを待った。そして、真夜中に下僕とともに墓を掘り返した。幸い、柩は浅く埋められていたので、すぐに掘り出すことができた。耳をすますと、かすかに人の息遣いのような音が聞こえる。緒は急いで蓋を破った。

 小間使いは折檻された傷も生々しく、柩の中に横たわっていた。緒は小間使いを背負って、墓のほど近くにある尼寺の門を叩いた。緒が応対に現われた尼にいきさつを話して聞かせた。尼は九官鳥の取り持つ縁の不思議に驚き、いわれなく折檻を受けた小間使いに深い同情を寄せた。

「そのお嬢さんの傷がいえるまで、こちらでお預かりしましょう」

 緒は尼にまとまった金を渡して小間使いの世話をよく頼んでから戻って行った。一月あまりもすると、小間使いの傷はすっかりいえた。緒は頃合を見はからって、尼を仲人とし、小間使いを貧家の娘と偽って母に縁談を持ち込ませた。

 梁夫人が尼寺へ様子を見に行くと、すぐに富豪の小間使いであることがわかった。小間使いは涙ながらに梁夫人にいきさつを打ち明けた。梁夫人は小間使いが美しく聡明であることは知っていたし、息子が可愛いくもあり、正式に嫁として迎えることにした。

 梁夫人は小間使いの部屋から緒の文が見つかったことが原因で、すでに富豪との交際を断っていたのだが、あとで面倒が起こることを懸念(けねん)して、小間使いがどのようにして緒の妻になったかは決して人に話さなかった。

 緒は九官鳥を捕らえた者があると聞くと、買い取って放していた。縁結びをしてくれた九官鳥の恩を忘れられず、そうしていたのだが、事情を知らない人々は不思議がった。

 後に富豪が没落し、ようやく緒と小間使いが結婚したいきさつが知られるようになったのである。

(清『蛍窗異草』)