夫婦成仙


 

 (はん)夫人は上虞(注:浙江省)の県令劉綱(りゅうこう)の妻である。綱は道術の心得があり、鬼神を召喚することや、変化(へんげ)の術に通じていた。また、秘密の法術も修得していたが、それを知る人はいなかった。
 綱はこの地を治めるに当たってうるさく取り締まらない方針を採ったが、政令は徹底し、住民はその恩恵に浴し、水害や旱魃(かんばつ)、疫病、暴動などの災害から免れ、毎年豊作が続いた。
 休みの日に、綱はよく夫人と術比べをした。二人とも座敷に坐ったままで、まず綱が呪文を唱えると誰もいない臼搗き小屋から火が起こる。火は東から燃え広がっていくのだが、夫人が呪文を唱えるとたちまちに消えてしまった。
 また、庭に二本の桃の木植えられていた。夫婦で一本ずつ分担して呪文を唱えると桃の木が動き出して、枝を腕のように振り上げて激しく組み打ちはじめた。しばらく戦ううちに、綱の受け持った方の桃の木の形勢が不利になり、垣根を越えて逃げ出した。
 綱が皿に唾を吐き出すと、それは鯉に変わり、皿の中で飛び跳ねた。そこへ夫人が唾を吐き出すと、獺(かわうそ)に変わり、鯉を捕まえて食べてしまった。
 夫婦で四明山に登った時、虎に行く手を遮られた。綱は呪文を唱えて、虎の動きを封じた。虎が伏せたまま動けなくなったので、通りすぎようとすると、虎は呪文を振り払ってまたもや行く手を遮った。そこで、夫人が進み出ると、虎は俯いてしまい、その顔をまともに見ることができなかった。夫人は虎を牽いて帰り、寝台の足に繋いでしまった。このように綱の術は到底夫人に敵うものではなかった。
 夫婦そろって仙人になって天に登ろうとする時にもその力量の差は現れた。綱は役所の傍らに生えている大きなさいかちの木を数丈(注:一丈は2.4メートル)の高さまでよじ登ってから飛び立った。夫人はといえば、坐ったままでゆっくりと雲が沸き起こるように天に昇っていった。
「待ってくれえ」
 綱は手足をばたつかせながら夫人の後を追った。

(六朝『神仙伝』)