霊隠寺の僧侶


 

 の時代のことである。杭州の名刹(めいさつ)霊隠寺は非常に多くの僧侶を抱えていた。その門前町である九里松一街には精進料理屋や、灯明、雑貨などの店舗がずらりと並んでいるのだが、店にいる女たちは大抵、僧侶のお囲い者であった。

  さて、一人の僧侶が雑貨店の女に惚れた。しかし、なかなか思いを遂げられず、いつも立ち寄っていりもしない紅や菓子を買っては、人目をはばかるような態度をとっていた。これだけ明からさまな態度をとられれば、誰だってピンとくる。女もすぐに僧侶の下心に気がついた。そこで、夫と相談してこの僧侶をからかってやろうということになった。
 いつものように店に立ち寄った僧侶に女はこうもちかけた。
「私には主人がいるんだけど、どうしましょ?」
 僧侶は早速、師匠から授けられた大事な袈裟や鉢を売り飛ばして商品を買い込むと、女の亭主を行商に行かせることにした。
 数日後、夫の準備が整い、旅立っていった。それと入れ替わりに僧侶は女のもとを訪れ、酒や料理を取り寄せて二人差し向かいで飲んだり食ったりして楽しんだ。頃合を見て女は僧侶を促して着物を脱がせて布団へ入らせると、着物を天井裏に隠してしまった。僧侶は素っ裸で布団の中で女の来るのを今か今かと待ち受けていた。
 その時である。突然、慌しく門を叩く音が聞こえた。女は、
「きっと主人が忘れ物を思い出して取りに戻ったんだわ」
 これには僧侶も慌てふためいてどうしてよいかわからなかった。すると女が言った。
「空のつづらがあるからそこに隠れて」
 そう言われて、僧侶は裸のままつづらにもぐり込んだ。女はしっかりと鍵をかけてしまった。僧侶はじっと息をつめて身動きもできなかった。女は夫とともにこのつづらを運び出して路上の目立つところに放置しておいた。
 明け方になって巡邏(じゅんら)の夜警がこの不審なつづらを役所に持ち帰った。鍵を開けてみると、素っ裸で丸坊主の男が転がり出てきたから一同びっくり。よくよく見れば僧侶である。知事の袁尚書は笑って言った。
「美人局(つつもたせ)にでもあったんだろう」
 訊問することなく、つづらにまた鍵をかけると河に投げ込ませた。

(明『西湖遊覧志餘』)