無常酔酒(二)


 

 大と毛二の兄弟は商人の死体を切り刻んで肉味噌のようにしてしまうと、泥と混ぜてよく練った。そして、酒甕を焼き上げたのである。死体からにじみ出る脂のせいか、その酒甕はほかの酒甕に比べると一段と色が濃く、艶やかに仕上がった。こうして死体をすっかり始末してしまうと、二人は商人の荷物を着服したのであった。
 以来、二人は甕を作り続けて真面目に働くのがアホらしくなった。ある日、兄が弟に言った。
「弟よ、泥だらけになって働くっちゅうんも何やたいぎいもんじゃなあ。折角、あの品物があるんじゃけん、ワシらも商いでも始めて一儲けせんか」
「じゃけんど、ワシらのような田舎者に商いなんちゅうもんができるんかなあ」
弟は兄の提案に少々難色を示した。兄の方も少しばかり考え込んだ。そして、ポンと手を打って言った。
「街で居酒屋でも開くんがええわ。あの酒甕を持って行って、酒を詰めて売ればきっと儲かるんじゃないか。ワシらは帳場で金を数えとればええけんの」
 というわけで兄弟は最後の甕を焼き上げるとそれを街に運び込んで、城隍(じょうこう)廟の向かいで一軒の居酒屋を開業した。
 さて、この城隍廟には黒無常と白無常の二人の神様がいた。悪さを為す鬼を捉えるのが、その職務であった。黒無常の方は顔も厳格なら、行いも厳格。一方の白無常の方はいつもニヤけた顔で、おまけに無類の酒好きときていた。神様の身でありながら、毎晩、お忍びで街の居酒屋にやって来ては酒を飲み、ふらつく足で廟に戻るという生活を送っていた。
 この日も、白無常は祭壇から飛び下りると体についたその日一日の線香の灰をはたき落としてから、外へ出かけた。ふと見ると、廟の向かいに新しい居酒屋が開業している。なかなかに繁盛しているようで、客がたくさん出入りしていた。ここは一つワシも行ってみようかいの、ということで店に入ってみた。店内は壁際に酒甕がぎっしり並べられている。それを見た白無常は思った。ここはこの酒甕を一つ買うて、飲んだらちゃんと水洗いして瓢箪(ひょうたん)がわりに使うことにしよう、そうすりゃあ、酒を買って帰る時に便利っちゅうもんじゃ。と言うわけで、白無常は一際色の濃い酒甕を選んだ。
 飲み終わった白無常は廟に戻ると、持ち帰った酒甕を冷たい水で洗うことにした。水を酒甕に注いだ途端、
「私の死にざまは酷いものじゃった!」
 と悲痛な叫び声が聞こえた。
「おいおい、誰じゃい、話しとるんは」
 突然、声が聞こえたので、白無常は驚いて辺りを見回した。しかし、誰も答える者はない。白無常は気を取り直して、もう一度、甕に水を注いだ。
「私の死にざまは酷いものじゃった!」
 またもや声が聞こえた。白無常は思った。今日の酒があまりに旨かったものだから、これはてっきり酔っぱらったのかもしれんな。すると、酒甕がまた叫んだ。
「白無常さま、私の死にざまは酷かったんです」
 今度ははっきりと聞こえた。無常は酒甕に話しかけた。
「酒甕であるお前さんが、何でまた今さら死ぬじゃ生きるじゃなんて言うとるんじゃ?」
 酒甕は答えた。
「私はもともと李という商人です。人に殺されてこんな酒甕にされとります」
 それから酒甕は自分が毛大毛二にどのように殺されたのかを泣きながら訴えた。話を聞いた白無常は無辜(むこ)の人間が殺されたことに非常に憤慨した。これは一つ調べてみなければならない、事実なら由々しきことだ。

 翌日、白無常は農民に変装して毛大毛二兄弟の酒甕工場へ出かけた。兄弟の素行を調べるためである。白無常の敏感な嗅覚(きゅうかく)はそこで人が死んだことを、それもとびきり悲惨な死に方をしたことを嗅ぎ取った。また、近所の者の話によると、兄弟はある日突然、生活が派手になり、酒甕作りをやめて街へ引っ越したとのことであった。全て酒甕が言っていた通りであった。
「殺された挙句酒甕にされた哀れな商人よ。ワシがあの兄弟に自分達のしでかした罪にふさわしい罰を与えてやるけんのう。安心しいや」
 そう言って、白無常一粒の真珠を取り出して酒甕の中に落とした。
「カラ…ン」
 真珠が酒甕の底で転がる音が響いた。まるで、商人の魂が礼を述べているようであった。それから、白無常は紅い絹糸で酒甕を背中に結わえ付けた。

 

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