飛雲渡


 

 州(注:浙江省)の瑞安に飛雲渡という渡し場がある。激しい風浪がしばしば船を覆し、多くの人命が失われた。

 ここ瑞安に一人の少年がいた。その行いは奔放不羈(ほんぽうふき)で何物にもとらわれなかった。
 かつて少年は占い師に自分の将来を問うたことがあった。占い師は、三十になる前に死ぬだろう、と答えた。ほかの占い師に尋ねてみても、同じ答えが返ってきた。己が早死にする運命にあることを悟った少年は妻も娶らなければ、正業につくこともしなかった。財を軽んじ、義を行うのが常であった。
 少年が飛雲渡で船を待っていた時のことである。ボンヤリ眺めているところへ娘が一人、やって来た。服装から見て、どこかの家で召し使われている下女のようであった。娘は辺りを行ったり来たりしては途方に暮れたようにため息をついた。何か探しているようである。しばらく見ていると、娘は思いつめた表情で水に身を投げようとした。
「何を死に急ぐ」
 少年は慌ててその袖をつかんで引き止めた。理由を問うてみたところ、娘は涙を拭きながら答えた。
「私はさるお邸にご奉公に上がっております。主人が慶事のために、お身内から真珠の耳輪を一対借りました。三十錠あまりもする高価な品です。今日、主人の命 で返しに行くことになったのですが、途中で落としてしまいました。私に弁償できる品ではありません。主人に会わせる顔もなく、もう、私には死ぬしか道が残されておりません」
 そう言って、再び涙を落すのであった。
「さっき、ここで耳輪を拾ったんだが、もしかしたらそれかもしれんな。落としたという耳輪の大きさはどのくらいだ?真珠の数は?形はどんなだ?」
 娘に耳輪の特徴を問いただすと、果たして自分の拾ったものと一致した。
 少年は娘を主人の家まで送っていき、事情を説明して耳輪を返した。主人はいたく感激して謝礼を送ろうとしたのだが、少年は受け取らなかった。
 後日、主人は娘の不始末を理由によそへ嫁がせることにした。娘の嫁ぎ先は飛雲渡から目と鼻のところで店を営む床屋であった。

 それから一年後のことである。その日は風のない穏やかな天気であったので、少年は仲間二十八人と連れ立って飛雲渡から船に乗ることにしていた。
 飛雲渡の手前で一人の婦人と出会った。婦人は少年の姿を見るなり、
「あの節はお世話になりました」
 と声をかけてきた。よくよく見てみれば、耳輪をなくした娘であった。
 娘は夫を呼んで以前少年に助けられたことを告げた。夫は少年を家に招き、昼飯を振る舞いたいと申し出た。少年は別段急ぐ道でもないので、仲間を先に行かせることにした。少年と別れた仲間は船に乗り込んだ。
 少年が床屋夫婦のもてなしを受けていると、突然、外が騒がしくなった。船が岸を離れた途端、突風に襲われて覆り、乗客はすべて溺死したのである。その中には少年の仲間二十八人も含まれていた。助かったのは少年一人だけであった。

 少年は三十歳になっても死なず、長命を保った。

(元『南村輟耕録』)