恐いもの知らず


 

 僕の趙平は恐いもの知らずで、いつもそのことを自慢していた。すると老僕の施祥が手を振ってこう諭した。
「お前さんは肝が太いのをあまり鼻にかけぬ方がよいぞ。ワシは若い頃、それでとんだ目に遭ったからの」

 ワシも若い頃は血気盛んで、この世に恐いものなどないと思っておった。そう、あの晩まではな。あの晩、ワシは誰も住まないという化け物屋敷へ蒲団をかついで泊り込みに行ったのだ。
 真夜中近くになって突然、物音がして天井が裂けたかと思うと、何やら落ちてきた。それは人間の片腕だった。しかもピョンピョンと跳ね回っているではないか。しばらく見守っていると、もう片方の腕も落ちてきた。続いて両足、胴体、そして最後に首が落ちてきた。どれも猿のようにすばしこく家中を飛び回ったのじゃ。
 ワシはもう、たまげてしまってどうしてよいかわからなかった。ただ呆然と見ているうちに、バラバラだった手足や首がいつのまにか胴体とくっついて一つになっておった。刀傷や杖で打たれた跡がいたるところにあって、生臭い血がだらだらと流れ、その恐ろしいこと恐ろしいこと。
 もっと驚いたことに、それが腕を上げてワシの首を締め上げてきたのじゃ。幸い、夏だったので、凉をとるために窓を開けておいたので、急いでそこから外に飛び出した。そのまま死に物狂いで逃げ帰ったのじゃ。
 あの晩を境にワシの胆はすっかりつぶれてしまって、今でも一人で寝るのは恐ろしくてたまらんのじゃ。

「お前さんも胆の太さを恃んでいてはろくなことはないぞ。ワシのような目に遭うからな」
 しかし、趙平は憮然とした様子で、
「爺さんもへまをしたもんだ。最初に落ちてきた腕をどっかに隠しておけば、一つになることはなかったんだろう。そうすれば化け物だって手出しができなかったさ」
 と言った。

 その後、趙平は酔っ払って帰る途中、幽鬼にたぶらかされて肥溜めに放り込まれた。

(清『閲微草堂筆記』)