芭蕉


 

 州に馮漢(ふうかん)という学生がいた。石碑巷(せきひこう)の近くに小さな書斎を構えていたのだが、その中庭にはとりどりの花や木が植えてあり、なかなかに見るものがあった。

 ある夏の夕暮れ、風呂上がりの馮漢が腰掛に坐って涼んでいると、どこからか女が一人、現れた。緑衣をまとい、窓の向こうに立っていた。  馮漢が叱りつけると女は恐れいった様子で、
「私は蕉氏でございます」
 と言うやいなや部屋に入ってきた。輝くような肌、身のこなしは軽やかで、類まれな美貌の主である。
 馮漢はもしかしたら女が人間ではないのでは、と疑い、その着物をつかんで捕えようとした。すると女は驚いて、馮漢の腕を振り切って逃れ出た。あまりに慌てていたせいか、馮漢の手には裙子(スカート)の切れ端が残された。馮漢はその切れ端を枕元に置いて眠った。
 翌朝、明るくなって見てみると、切れ端は芭蕉の葉になっていた。以前、馮漢は隣の庵で読書をしたことがあったのだが、芭蕉はその庵に植わっていたのを書斎の庭に移したものであった。
 芭蕉の木を調べてみたところ、半分ちぎれた葉を見つけた。切れ端と合わせてみると、ぴったり合う。
 馮漢はすぐさまその芭蕉の木を切り倒した。その根方に斧を打ち込むたびに血が流れた。

 後に隣の僧にきいてみると、
「あの芭蕉はかつて祟りをなしたことがあります。何人も僧侶が惑わされて死にました」
 とのことであった。

(明『庚巳編』)