芙蓉の香り


 

 陽修(おうようしゅう)が潁州(えいしゅう、注:現安徽省)を治めていた時のことである。
 官妓(かんぎ)に盧媚児(ろびじ)という者がおり、容貌が非常に端麗であった。それだけでなく、その口中からいつも芙蓉(ふよう)のよい香りをさせていた。
 潁州を訪れた蜀の僧侶がこのようなことを言った。
「この者は前世では尼でござった。二十年もの間、『法華経』を誦(よ)んでいたゆえ、口中から芙蓉の香りがするのです。ただ、残念なことにちょっとした迷いのせいで、今生では官妓に身を落としてしまったわけです」
 欧陽修が盧媚児を呼び寄せ、
「その方は『法華経』を誦んだことがあるか?」
 とたずねると、恥ずかしそうに答えた。
「このような身分の私に、どうしてお経を誦むことができましょうか」
 試しに盧媚児に『法華経』を示したところ、一目でスラスラと誦んだ。少しも間違いはなく、誦み慣れた者のようである。他の経典を示すと、全然、誦めなかった。

(宋『遁斎閑覧』)