一輪の花


 

 陽(よくよう、注:現江西省)の陳秀才が友人とともに元宵節(注:旧暦の正月十五日)に燈篭見物に出かけた。街は大勢の見物人でごった返していた。その中に十三、四歳の娘がおり、下僕に背負われて燈篭を眺めていた。娘は髪に一輪の花を挿していたが、これが陳秀才の頭巾の上に落ちた。
 後になってこのことに気付いた陳秀才、何となく嬉しくなり、花を頭巾に挿したまま帰宅した。妻は夫がよからぬ場所で遊んできたのではないかと疑い、
「どこの商売女からもらったものやら」
 と言うなり、奪い取って投げ捨てた。身に覚えのない濡れ衣を受けた陳秀才、懸命に抗議した。
「何を疑うんだい?証人だっているよ」
 早速、友人を呼んで身の潔白を証言させた。妻はすっかり面目を失い、
「あなたのおっしゃる通り。こういうことで諍(いさか)いになるなんて、尋常じゃありませんわ。何かよくないことが起こるのかしら」
 以来、妻は鬱々(うつうつ)として楽しまず、数ヵ月後に身まかった。

 陳秀才は十年間やもめ暮らしを送った末、周囲の勧めで後添いを娶ることにした。この花嫁こそ燈篭見物の晩のあの娘であった。

(宋『夷堅志』)