虎のお産


 

 の至元十五年(1278)のことである。温州(注:浙江省)城外に呉という老婆がいた。産婆としての腕は大したもので、どんな難産でもこの婆さんにかかれば大丈夫と言われていた。
 さて、この呉婆さんの家の戸を誰か叩く者がある。時刻は夜二更(注:夜十時)を回っていた。
「お婆さん、お婆さん、起きて下さい。赤ん坊が生まれそうなんです」
 呉婆さんが急いで外に出ると二人の男が轎を担いで待っている。婆さんを急かして轎に乗り込ませて出発した。轎は飛ぶように走った。棘(いばら)があろうがお構いなしで速度を落とすことなく走り続けた。
 ほどなくして高台に建つ一軒家に到着した。家中に燈篭が灯され、真昼のような明るさである。寝室では蒼ざめた女が一人呻吟(しんぎん)してい た。難産に苦しんでいる様子である。婆さんは腕まくりをすると産婦を励まし、慣れた手つきで男の子を取り上げた。産湯をつかわせ、産婦にゆっくり休むように言いつけて帰った。家に戻るともうすっかり真夜中であった。
 家人は婆さんが真夜中に戻ってきたものだから驚いた。どこへ行ってたのかと訊ねても婆さん答えることができない。婆さんも誰の家かきくのを忘れていたのである。家人共々不思議がっているその時、外で凄まじい咆哮(ほうこう)が聞こえた。戸の隙間から見ると、何と虎が二頭吠えているのである。怖くて誰一人外に出ることができなかった。
 翌日、様子を見に出ると、垣根の上に一塊の豚肉と牛の脚が一本置いてあった。

 おそらく婆さんが手伝ったのは虎のお産で、二頭の虎は謝礼を持って来たのであろう。

(元『湖海新聞夷堅続志』)