金剛石
貞観(じょうがん)年間(627〜649)のことである。
一人のバラモン僧が都大路に現れてこう呼ばわった。
「これは仏の歯でござる。どんなに堅い物でもこの仏の歯にかかっては打ち砕かれてしまうぞよ」
うわさを聞きつけて大勢の見物人が集まり、まるで市が立ったようなにぎわいとなった。
この時、傅奕(ふえき)は病床に臥していたが、その耳にもうわさは届いた。傅奕は息子に言った。
「あれは仏の歯ではないよ。たぶん金剛石(注:ダイヤモンド)だろう。金剛石はとても堅くて、どんな物も打ち砕いてしまうという。ただ、カモシカの角だけにはかなわないそうだ。お前、行って試しておいで」
息子が行ってみると、バラモン僧は仏の歯を巾着にしまい込んだばかりであった。息子が仏の歯を見せてほしいと頼むと、バラモン僧はいやな顔をした。腰を低くして言葉を尽くして頼み、ようやく見せてくれた。
息子がカモシカの角で打つと、仏の歯は音を立てて砕け散った。
「何だ、砕けちゃったよ」
見物人は興ざめして引き上げていった。
今でも珠玉を加工する人は金剛石を使っている。(唐『隋唐嘉話』)