冥土の飛脚


 

 州(くしゅう、注:現浙江省)に鄭某という人がいた。幼い頃から聡明で文章に長じていた。
 会稽の陸氏の娘を娶ったのだが、新婦は美貌な上に明敏で、若夫婦は非常に仲睦まじかった。鄭はかつて寝物語に陸氏にこのようなことを語った。
「僕達二人ほど仲睦まじい夫婦なんてどこを探してもいないね、きっと。ねえ、もしも僕が君を置いて先に逝くようなことがあっても、絶対再婚なんてしないでおくれ。僕ももちろん再婚しないから」
 すると陸氏の方でも、
「百年の偕老を誓うわ。どうしてそんな縁起の悪いことをおっしゃるの?」
 と答えて、夫を抱きしめた。
 こうして十年が経ち、二人の男児に恵まれたのだが、鄭はふとした病で床につく身となった。臨終の際、鄭は両親に向かって妻との約束を切々と語った。陸氏の方はうつむいて泣くばかりであった。鄭は、
「絶対に再婚しないでおくれ」
 と何度も懇願しながら身まかった。

   鄭の死から数ヶ月も経たないうちに、陸氏に再婚の話が持ち上がった。相手は蘇州の曽工曹という男であった。舅姑の反対にもかかわらず、陸氏は喪服を脱ぎ、持参した婚礼道具をすべて蘇州に送り、嫁いでしまった。
 婚礼の七日後に、曽が公用で二日間家を空けることになった。その夕方、陸氏が表座敷にいると、飛脚が一通の手紙を届けてきた。
「鄭の旦那様からの書状です」
 陸氏が受け取ってみると、宛名には「陸氏へ」と記されている。それは鄭の筆跡であった。陸氏が飛脚に差出人のことをたずねようと顔を上げたところ、飛脚の姿は消えていた。
 書状にはこう書かれてあった。
「十年結髪の夫婦、一生祭祀の主よ。朝な夕な歓びをともにし、家財まで一緒にしていたではないか。それが、うつし身が世を去ると、他人の軽薄を真似て再嫁を承諾するとは。我が田畑を捨て去って財を他家に移すとは。我が二子を慈しまねば、我が両親さえも思わず。義は人の妻たるに足らず、慈は人の母たるに足らず。我、このことを上天に訴え、冥府に対しても証言したぞ」
 それは、陸氏の背信をなじるものであった。陸氏は読み終わるや、がっくりとうなだれた。そして三日後に亡くなった。

(宋『夷堅志』)