琵琶姐、琵琶姐!


 

 確は詩によって立身出世の糸口をつかみ、宰相の位にまで上ったが、失脚も詩によるものであった。
 彼が詩によって罪を得、新州(注:現広東省)に左遷された時、同行したのは愛妾の琵琶姐(びわしゃ)ただ一人であった。蔡確はまた鸚鵡(おう む)を一羽飼っていたのだが、これが利口で人語をよく解した。蔡確が琵琶姐を呼ぶ時には鐘を叩きさえすれば、鸚鵡が代わりに、
「琵琶姐、琵琶姐!」
 と呼ぶのであった。すると、琵琶姐がすぐに飛んで来て、何くれとなく蔡確の身の回りの世話をした。
 しかし、流されて間もなく、琵琶姐はこの地の瘴気(しょうき)に健康を蝕まれて、身まかった。蔡確は愛妾を失ってからというもの、一度も鐘を叩くことはなかった。

 帝の誕生日、蔡確は役所に出るために正装したところ、官服の硬い帯があたって鐘が鳴った。すると、鐘の音に答えるように鸚鵡が、
「琵琶姐、琵琶姐!」
 と叫んだ。途端に蔡確は言いようのない悲愴感に襲われた。そして、詩を一首詠んだ。

  鸚鵡声猶在   鸚鵡の呼び声は変わらないのに
  琵琶事已非   琵琶はもういない
  堪傷江漢水   傷ましや、長江、漢水よ
  同去不同帰   ともに渡りながら、ともに帰ることがないとは!!

 それから憂悶のあまり病床に臥せる身となり、ほどなくして亡くなった。

(宋『鶏肋編』)