史記


 

 陽(らいよう、注:現山東省)の宋茘裳(そうれいしょう)から聞いた話である。
 彼がまだ子供で、家塾で勉強していた時のことである。同郷の先輩で、年老いた進士がやって来た。
「坊や、何を読んでいるのかの?」
「『史記』でございます」
「し…き…、はて、誰の著作じゃ?」
「司馬遷(しばせん)でございます」
「ふむ…、その司馬遷とやらは何年の進士かな?」
「司馬遷は漢の太史令です。進士ではございません」
 老進士は『史記』を手にとって、一、二行目を通したが、すぐに机の上にぽんと投げ出した。
「少しも面白くないのう。どうして、こんなものを読むのじゃ」
 宋茘裳はまだほんの子供であったが、あまりにもおかしくてふき出しそうになった。それをじっとこらえていたのだが、当の老進士はといえば、いっこうに平気な様子であった。

(清『香祖筆記』)