太湖の鏡
太湖は蘇州の東で松江(注:現在の呉淞江)と接している。
唐の貞元年間(785〜805)のことである。ここで十余人の漁師が網を打ったのだが、魚は一匹もかからず、かわりに小さな鏡がかかっていた。魚が捕れないのに腹を立てた漁師は鏡を水中へ放り込むと、場所をかえて再び網を打った。今度は大丈夫だろう、と網を引き上げてみれば、魚はかかっておらず、先ほどの鏡がかかっていた。
漁師たちは場所をかえたのにどうしてかかったのだろうと不思議がった。漁師の一人が鏡を手に取った。大きさは七、八寸(注:当時の一寸は約3センチ)ほどで、背面の模様も別段変わったものではない。くるりと返して鏡をのぞくなり、
「ゲゲッ!?」
と嘔吐(おうと)して悶絶した。居合わせた仲間は何が起きたのかわからない。別の漁師がこの鏡を拾い上げ、のぞいてみた。
「グウェッ!!」
またもや嘔吐して失神した。仲間は一体何が映っていたのかと次々に鏡をのぞいたのだが、皆嘔吐して昏倒した。最後に残った一人は恐ろしくな り、鏡をのぞかず、そのまま湖に放り込んだ。
失神した漁師たちはほどなくして息を吹き返したのでが語るところによれば、鏡には自分の筋骨と五臓六腑(ごぞうろっぷ)が映っていた。あまりに生々しくて気持ちが悪かったので、嘔吐して昏倒したというのであった。皆は湖上で妖怪に出会ったのだろうと思った。
翌日、網を整えて漁をすると、いつもの数倍もの魚が捕れた。そればかりか病弱だった者はめきめき体が丈夫になった。
このことを故老にたずねてみると、
「このような鏡が大きな河や湖に沈んでおり、数百年に一度姿を現すそうじゃ」
とのことであった。
一体いかなる精霊が宿っていたのであろうか。(唐『原化記』)