おもねる


 

 統年間(1436〜1449)、宦官の王振は帝の寵愛を恃(たの)んで、大いに権勢を振るっていた。工部侍郎の王某という男は機を見るに敏で、同姓のよしみで王振に取り入っていた。王振も何かと目をかけてやったのであった。

 王某は風采優れていたのだが、いつも髭を綺麗に剃っていた。当時の風潮としては珍しいことであった。
 ある日、王振がたずねた。
「侍郎殿はどうして髭をお生やしにならぬ?」
 すると王某は深々とお辞儀をしてからこう答えた。
「閣下がお髭をお生やしになりませぬのに、どうして私ごときが生やすことができましょう」
 これを聞いて笑わない者はなかった。

(明『菽園雑記』)