妖魔の宴(後編)


 

 駿馬に跨った妻と、甕に乗った下女は高々と舞い上がると、まっしぐらに空を飛んだ。男は甕の中で風の音を聞きながら生きた心地もしなかった。
 間もなく妻と下女は山頂の林に着陸した。林の中には幔幕(まんまく)が張りめぐらしてあり、七、八人の男達が飲みかつ食らっていた。女を連れている者もあれば、一人だけの者もいた。妻と下女はそれぞれ一人で坐っている男の隣に坐ると、嬉しそうに酒を酌(く)み交わし始めた。夜が更けるにつれ、宴は放埓(ほうらつ)なものになり、男達はそれぞれ女を連れて林の中に姿を消していった。
 どのくらい経った頃だろうか。男が甕の中で動くこともならないでいると、突然、下女の声が聞こえた。
「甕の中に誰かいるわ」
 そして、甕が倒された。
「やっぱりいたわ。見いつけた」
 男は妻と下女の手で甕の中から引きずり出された。妻も下女も髷(まげ)は崩れ、衣の胸元はしどけなくはだけている。女二人は男を見てケラケラと笑った。どうもすっかり酔っ払っていて、相手が誰だか気づかないようである。
 しばらく笑っていたが、
「さ、帰りましょ」
 と言うと、妻は駿馬に、下女は甕に跨って空へ舞い上がってしまった。林にはもう誰も残っていなかった。男は夜が明けるのを待って山を下りたのだが、人里まで数十里も離れていた。里の人にここがどこかたずねてみると、何と千里余りも遠くに来ていたのであった。
 それから、道々物乞いをしながら、帰途についたのだが実に一ヶ月あまりもかかってしまった。
 ようやく帰宅すると、妻は驚いた様子で、
「まあ、一ヶ月もどこへ行っていたのです?」
 ときくので、そこは適当にごまかした。早速、隣家の胡人に自分の目撃したことを語って聞かせ、助言を求めた。
 胡人は言った。
「どうやら、奥さんは妖魔にとり憑かれたようですね。奥さんが出かける時に、隙を見て縛り上げなさい。そして、そのそばで火で焚くのです。そうすれば自ずと妖魔が姿を現します」
 その晩、男が胡人に言われた通りにすると、空中から悲鳴が聞こえてきた。
「お許し下さい」
 続いて黒いものが落ちてきた。それは年老いた鶴であった。鶴は火の中で苦しそうにもがいていたが、やがて焼け死んだ。 
 この日を境に妻の病は全快した。

(唐『広異記』)

戻る