応報(後編)


 

 買いは自分をだました張鑑の妻を深く恨んだ。その身柄を買い取るためには金に糸目をつけなければ、手間も惜しまなかった。ようやく、張鑑の妻を買い取ると、鎖で縛り上げて激しい折檻(せっかん)を加えた。
 存分に折檻を加えて気のすんだ人買いは、娼家に妻を売った。妻は連日連夜の責め苦にすっかり弱り、また、久しく食を断っていたので、起き上がることすらできなかった。
 苦しんで苦しみ抜いた果てに、張鑑の妻は深い吐息をついて絶命した。その途端、黒気が立ちこめ、その口から巨大な蛇が躍り出た。見ていた者は驚いたが、すぐに蛇は姿を消し、その後は変事も起こらなかったので、柩に納めて埋葬した。

 旅の医者が偶然、張鑑の妻の葬られたところを通りかかり、草むらで蛇の抜け殻を見つけた。首に紅白の縞模様があり、非常に珍しいものである。医者は薬の原料になるかもしれないと思い、抜け殻を薬の嚢に入れた。
 その夜、夢に若い女が現れた。女は医者を拝して言った。
「私は秀水の者です。夫に売り飛ばされてここまで連れて来られましたが、辱めに耐えきれず死を選びました。故郷に戻ろうにも道は遠く、憤りのあまり足も進みません。あなた様は龍舌(りゅうぜつ)へ向かっていらっしゃるとうかがいました。お願いでございます、私をお連れ下さりませ」
 そして、慟哭(どうこく)した。医者には女の言葉の意味が理解できなかった。
 医者は順調に旅を続けて嘉興に到着し、秀水にほど近い白蓮寺の前で休むことにした。寺の前には小さな湖があり、向こう岸で男が一人、水車を踏んでいた。
 その時、薬の嚢からガーガーと声が聞こえ、何やらゴソゴソ動く気配がした。開いてみると、抜け殻が白い蛇に変わっていた。蛇は湖に飛び込み、そのまま向こう岸へ泳ぎ去った。
 医者が立ちつくしていると、水車の男が突然、もがき始めた。よく見てみれば、男の喉笛に蛇がくらいついている。男は懸命に蛇を引き剥がそうとするのだが、蛇は首に固く体を巻きつけたまま離れない。しばらくして、男も蛇も死んでしまった。

 後になって水車の男が張鑑であることがわかった。龍舌とは水車の踏み板を意味していたのである。

(明『国色天香』)

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